2002.11.29  

舞鶴市森出身で松下電器産業社員の木村さん
JICAで青年海外協力隊員、ベトナムへ日本語指導へ

 舞鶴市森出身で松下電器産業社員の木村範子さん(32)=写真=が、国際協力事業団(JICA)の青年海外協力隊員として、ベトナム社会主義共和国に派遣されることになり、11月25日、江守光起市長を表敬訪問した。2年間にわたって教育訓練省ハノイ外国語大学で日本語を指導する。
 木村さんは東舞鶴高校、立命館大学を経て同社に入社し、大阪市のショールームで住宅設備のアドバイスを担当してきた。同社は企業活動を通しての社会貢献を掲げているが、個人でも社会に役立つことをと思い、語学に関心があったことから日本語の指導法を身につける学校に通い、在住していた芦屋市で韓国人女性らに日本語を教えるボランティアに取り組んでいた。
 数年前にベトナムのホーチミン市を旅行した印象が、同隊員(対象は20歳〜40歳未満)の志願に結びついた。日本語を使う仕事が増えつつあり、日本語への関心が高まっているのを見て、今後の発展の可能性を感じた。今春には日本とベトナムとの飛行機の直行便も開設された。
 同社の有給休暇扱いとなるボランティア休暇の制度を利用して、2年間赴任する。大学では1、2年生に会話や作文の指導などにあたる。木村さんは「現地で求められる援助を自然体で行いたい」と話していた。12月4日に出発する。

一足早くサンタクロース
子育て懇談会 で母親同士交流深める

 第5回子育て懇談会(市社会福祉協議会、城南民生児童委員協議会主催)が11月26日、伊佐津の粟嶋会館であり、近隣に住む母親と幼児たちが参加し、一足早く登場したサンタクロースからプレゼントをもらった=写真
 城南校区の親子を対象にして、孤立しがちな核家族の母親同士と幼児たちとの交流や食事指導など、子育ての支援を目的に開いている。参加した母親らはこの場で知り合ったり、今後も継続してほしいとの感想を寄せている。今回は0歳〜3歳の幼児と母親の25組、民生児童委員約20人が参加した。
 児童委員が折り紙や手遊びを教えて幼児をリラックスさせた後、市保健婦が好き嫌いをなくす食事の方法などを指導。続いて参加者らで懇談した後、同民生児童委員協議会の増山義生会長がサンタクロースに扮して現れ、お菓子の入った手作りの長靴をプレゼントして回った。

京大水産実験所・益田玲爾さんの
若狭湾水中散歩8「タツノオトシゴ」

オスが卵育て、安産のお守りにも

写真はホンダワラの枝につかまるタツノオトシゴ。体長6センチ=長浜、水深1メートル

内容は舞鶴市民新聞をお読み下さい。




2002.11.26  

エコ・フレンド21が青葉山ろく公園自然観察園で
トンボやチョウの集まる環境づくり)

 自然環境の保全や調査などをする九つの市民団体でつくる「まいづるエコ・フレンド21」(篠田正俊代表)は、トンボやチョウなどが集まる環境づくりをしようと、11月24日、岡安の青葉山ろく公園自然観察園で、持ち寄ったドングリや苗木、野草などを植える取り組みをした。ドングリの苗が育つ来年には、子供たちに植え替えをしてもらい環境教育の場にもする。公園を管理する市も樹木を植えるなど市民と協働で取り組む。
 エコ・フレンド21は若狭湾生物同好会や丹後・若狭虫の会などの9団体で結成、これまで情報交換をしてきた。そんな中、チョウなどの昆虫などの多様な生物が集まり、観察できる自然環境をつくれないかと今春から話し合い、候補地の現地調査を重ねていた。
 同園は市都市整備課が平成10、11年度にかけて建設した。面積は約8000平方メートルで、親水池を作り樹木を植え、自然学習館も作った。同21はさらに自然に親しめることができる場にと市に提案し、市も土壌改良するなど協力することにした。
 この日は舞鶴メダカの学校や環境見る・聞く・考える会、日本野鳥の会などの約20人が、各自で持ち寄ったクワ5本、エノキなどの8種類の植物を、くわで土を耕すなどして植えた。植物はオオムラサキチョウなどのえさとなるものを選んだ。新舞鶴小学校5年の山下正隆君は「できるだけ自然の状態の場所になればいい」とスミレを植えていた。
 篠田代表は「例えば子供たちにドングリ10個を持ってきてもらい、苗1本と交換するドングリ銀行の取り組みもでき、体験から環境のことを考えるきっかけの場になる」と話している。今後も市と協力して順次樹木を植える計画を立てている。

写真はドングリを埋めた地面を見る参加者ら


富士山登頂の平成14年高齢者番付
90歳の小河さん(魚屋)が17回目数え横綱昇進

 富士山(標高3776メートル)登頂の平成14年高齢者番付で、魚屋の小河安治さん(90)=写真=が、「横綱」に昇進した。71歳からほぼ毎年夏に登山し、小結、関脇、大関と位を上げ、今年7月24日に17回目の登山で達成した。
 小河さんは、明治44年12月10日生まれ。元国鉄マンで、若いころから登山を趣味にしており、20代のころに富士山に登ったことがある。友人に誘われて、昭和58年に再び富士山に登り始め、今年で17回目を数えた。この間、平成3年から同12年まで10年連続して登っている。
 富士山登頂の高齢者番付は、70歳以上の登山者が山頂の浅間大社で、生年月日や氏名などを記帳し、毎年番付が決まる。番付の年齢は数え年で行い、小河さんは今年92歳で登頂、同年齢の3人とともに横綱となった。
 小河さんの富士山登山は、東海道新幹線の新富士駅を経て、バスで5合目に到着。ここから8合目まで登り、1泊して翌朝、頂上に到着する。歩行時間は2日間で約8時間。登山道で若い人たちから「お元気ですね。頑張ってください」と声を掛けられるのがうれしいという。
 富士山登頂に向けては、ほぼ毎日近くの愛宕山に登って、足腰を鍛えている。来年の登山については、「コンディションが良ければ、また登ります。100歳で登り、『大横綱』になることができれば…」と話している。

2002.11.22  

バングラデシュでの養鶏プロジェクトの任務終え帰国
JICA派遣の獣医師・橋本さん(森)

 森の獣医師、橋本久典さん(45)が国際協力事業団(JICA)の派遣で、バングラデシュで採卵用の鶏の生産プロジェクトの任務を終え、このほど帰国した。2000年にバングラに渡って、現地の農家と日本の専門家との調整の仕事にあたっていた。小規模農家が細々と庭先で鶏を飼っていたが、タンパク源の補給と副収入の増加につなげる基礎づくりに努めた。
 橋本さんは1996年から1年3カ月間、JICAの派遣でアフリカ・ザンビア大学で血液病理学を講義しており、こうした海外経験が買われてバングラへ派遣されて、業務調整員として滞在した。
 バングラは日本の5分の1の面積にほぼ同じ人口を持つ農業国で、1人当たりの農地が狭い上に零細農家が多い。動物性タンパク質の摂取量は世界の半分と栄養不良が目立ち、栄養と貧困の改善が課題となっている。そこでバングラ政府とJICAが、小規模農家を対象に鶏の生産を普及
させる「家禽(かきん)管理技術改良計画」を1997年から実施した。
 これまで農家の養鶏は、エサのやり方もまちまちで卵の生産も少なかった。JICAでは現地の畜産試験場で専門家に飼育技術指導するほか、4カ所の農村でモデル農家を選び、養鶏技術や鶏舎建設、衛生管理などを教え、女性の雇用の機会も作った。あるモデル農家では女性が月収3000円〜8000円の副収入が得られ、子供を学校に通わせることができるようになった。
 橋本さんは当初はいつ飛行機が飛ぶか分からなくても「しょうがない」という国民気質に戸惑ったが、後半はペースをつかんで現地の人たちとの仲間意識もでき、気楽に仕事ができたという。「ここでは怒らないことを学んだ。バングラで仕事ができれば世界のどこででもできると言われ、自信がついた」と話している。バングラ政府は来年から普及プロジェクトに取り組む。

写真上は橋本さん。写真下はJICAの指導で鶏を飼育するる現地の女性


舞鶴歌謡ボランティアグループ「秋桜の風」
「寿荘」に吸引器など3点寄贈

 舞鶴歌謡ボランティアグループ「秋桜の風」(久下修会長、25人)が11月19日、上安の特別養護老人ホーム「寿荘」(植松誠明施設長)を訪問し、吸引器1台とリクライニング式車椅子1台、三輪歩行器1台(計約15万円相当)を寄贈した=写真。9月28日にチャリティーコンサートを開催し、その収益金の一部を当てた。
 同グループは好きな歌を通して地域に貢献しようと、平成12年から各地の福祉施設を慰問、歌などを披露して入所者の気持ちを和ませている。昨年から年に1度コンサートを開き、その収益金で福祉施設に必要な介護用品などを寄贈。前回は安寿苑に送った。
 今回のコンサートでは約700人が入場し、チケット代や募金箱に集まった収益金の中から、寿荘から要望のあった物品を購入、久下会長ら5人が訪問して届けた。植松施設長は「重度障害のお年寄りの入所が増え、緊急に必要なものばかりで、すぐ使わせていただきます」と感謝していた。

2002.11.19  

市内在住の外国人5人招き
二谷すゑのさん宅(常)で日本食交流

 市内に在住する外国人を招き、日本食の食事などで交流するインターナショナル親ぼくの集いが11月17日、常の二谷すゑのさん宅で開かれた。二谷さんが代表を務める常ボランティアグループの主催。約250年前に建てられた民家を会場に、箱膳に入った食事をしながら歓談した。
 同グループはこれまで同地区の80歳以上のお年寄りらを対象に、食事の配食ボランティアに取り組むなどしている。また、市老人クラブ連合会の女性部長だった二谷さんは、市内在住の外国人との交流に励んできた。
 この日は、日本の古い民家の雰囲気の中で、日本食を楽しんでもらおうと、二谷さん宅を会場とした。与保呂小学校で英語指導をする舞鶴高専講師のオーストラリア人、スティーブン・マケラスさんのほか、イギリス出身やフィリピン出身などの男性2人、女性3人が招かれた。地元の人たちや同グループ会員らと一緒に刺し身などを食べながら談笑したり、中国人の女性たちは和服を着る体験もして和やかに一日を過ごした。

16人の生徒が学校生活や将来の夢語る
市中学校英語祭でスピーチ

 市中学校教育研究会主催の第18回舞鶴市中学校英語祭が11月16日、森の南公民館であり、英語スピーチコンテストに16人の生徒たちが出場した。昨年までは英語の教科書の課題を暗記して発表していたが、今回は学校生活や将来の夢を語った自作の原稿を英語でスピーチした。
 同祭は国際化時代に対応できる英語力の育成を目的に毎年1回開催している。今年から自分の意思を表現して伝える力を養う場にしようと、1・2年生の部は「私の学校生活」、3年生の部は「私の夢」をテーマにオリジナル原稿を作って発表。英語指導助手や中学校の英語教諭の四人が審査を担当し、発音やスピーチ内容をチェックした。
 市内の8つの学校からオーディションなどで選ばれた代表が出場した。2年生の発表では、野球部だったが陸上部の顧問から誘われて、陸上に励むようになったこと、テニス部のキャプテンとしてクラブをまとめていくことの大切さを学んだことを述べた。3年生では、いつも笑顔を絶やさなかった看護婦の祖母の生き方を見て自分も看護師を目指しているという夢を語った。
 審査の結果は次の通り。
 【1・2年生の部】(1)龍崎唯一(城北)(2)森山ゆりか(青葉)(3)河井あずさ(城南)
 【3年生の部】(1)濱本有衣(由良川)(2)岡照晃(城北)(3)阿部裕一(白糸)

2002.11.15  

「舞鶴学園」移転に伴い住宅タイプ児童棟
小集団で職員と生活、大人との信頼回復の芽育つ

 泉源寺の児童養護施設「舞鶴学園」(桑原教修園長)は、昨年10月に浜から移転したのに伴って、子供たちの自立する力を養おうと、従来の集団生活の施設から小集団による住宅タイプの児童棟へと変わり、子供らと職員らが一緒に生活を作っている。小舎制は全国でも次第に導入されているが、こうした児童棟はまだ少なく、各地の施設関係者が視察に訪れている。学園の試みはまだ手探り状態というが、親から虐待を受けた子らにも笑顔が戻ってきた。
 舞鶴学園は家庭の事情で両親と離れて暮らす幼児から18歳までの子供を受け入れ、家庭復帰や自立を支援している。浜の旧学園では60人〜100人が入園し、1グループ30人を作り、1部屋に2人〜8人が入るという集団生活が施設の主流だった。
 近年の核家族化や親の虐待で人との関係を築けない子が増え、生活単位を小さくして個々の子をケアできる施設作りの流れが大きくなってきた。移転した同学園では、木造2階建ての住宅7棟を建設。1棟に8つの個室を備え、プライベートにも配慮している。現在は68人が1棟につき10人ずつ入所。1棟に職員2人が担当、内1人は住み込んで生活を指導している。
 子供たちは住宅を中心に生活をし、日曜日には買い物に出掛け、月1回は自分たちで献立を立てて食事を作る。1カ月の生活費も家ごとに渡され相談しながら使うなど、生活を作ることに参加している。一方、職員はこれまで以上に個々の子供たちと向き合う必要が生まれ、大人の側も試されている。
 こうした職員との生活の体験を通して、子供たちは人との関係づくりを学び、出迎えてくれる声に落ち着きを取り戻した。虐待で固い表情をしていた子も笑顔を見せるようになり、これまでできなかった友達を招くことも増えた。1つの棟では子供たちが職員の誕生日を開くなど、大人との信頼回復の芽も育っている。
 桑原園長は「虐待によって子供は同じような行動に出る愛着障害が生まれます。人との関係をどう回復していくか、その試みとしていまの児童棟を作りましたが、この是非が見えてくるのは長い積み重ねの後だと思います」と話していた。来年にはケアする職員を増やすが、現場を支援する国の体制づくりの遅れを指摘している。

見樹寺の大野住職作「舞鶴今昔物語」
盲聾分校に「むつぼし会」が点訳寄贈

 点字のボランティアサークル「むつぼし会」(稲野マリ子代表、会員18人)が、西の見樹寺の大野孝道住職が製作した「舞鶴今昔物語」を点訳し、11月14日、南田辺の盲聾学校舞鶴分校を訪れ寄贈した。舞鶴に伝わる昔話が集められており、学校では子供たちが地域の歴史を学ぶのに役立てたいと喜んでいた。
 舞鶴東署員らの妻でつくるボランティアグループ「スイートP」が今年6月、同校に触読絵本を贈った際、目の不自由な子供4人が在籍する学校から、昔話の点字本があればという希望をむつぼし会会員も兼ねる坂崎敏子さん(56)=京都市=が聞き、同会で取り組むことにした。
 「野原の雄島着け」など12話を収める物語の本を取り上げることとし、製作者の大野さんの了解を得て2カ月前から点訳する作業を続け、2部完成させた。この日は稲野さんと坂崎さん、堀江道子さん(69)=松陰=が同校へ届けた。3人は「知らない話があり点字を打ちながら楽しめた。これからも必要とされるものを作っていきたい」と話していた。

2002.11.12  

大規模災害時に備え
舞鶴赤十字病院で傷病者受け入れ訓練

 倉谷の舞鶴赤十字病院(弘中武院長)で11月10日、大規模災害時の傷病者受け入れ訓練があり、負傷者に扮した病院職員が次々に運び込まれ、医師や看護師が迅速に手当てを行った=写真
 府北部地域で大地震が発生し、日常的な対応能力を越える負傷者が病院に殺到したとの想定。訓練には、病院職員をはじめ、赤十字レスキューチェーン京都の隊員、市消防署員ら八十人が参加した。
 訓練では、軽傷者らは歩いて病院に到着したほか、重傷者らは救急車で搬送された。病院前の仮設テント内で、医師や看護士が、負傷の度合いを判定して、重傷者は治療室に運ばれ手当てを受けた。
 この後、「赤十字病院、災害拠点病院における院内訓練のあり方」と題して、日赤京都府支部災害医療専門委員の池田栄人さんが講演した。

岡田下小「ふれあい秋祭り」で
お年寄り招き交流 、昔の遊びや学習の成果発表

 久田美の岡田下小学校(林佳代子校長、69人)で11月8日、ふれあい秋祭りがあり、招待を受けた地元のお年寄りたちが児童に昔の遊びを教えたり、児童たちが授業の中で学んできた狂言などを披露して交流した。
 同校では、3年前から福祉教育の一環としてお年寄りから学ぶ体験学習を積み重ねており、今回は各学年で学習成果を見てもらう取り組みも加えて行った。地元の老人クラブが協力し、約60人のお年寄りが参加した。
 第1部では、各学年が総合的な学習で学んだ成果を発表。4年生と5年生は地元で栽培しているお茶と小豆について述べ、6年生は室町時代の食べ物や文化について話した。2部ではお年寄りとのふれあいの時間で、児童たちはしめ縄や竹トンボの作り方を教えてもらったり、あや取りをして遊んだ。最後に各教室をお店にして、お茶席などを設けてお年寄りらにお茶を振る舞った。
 加佐老人クラブ連合会の河田岩嗣会長は「子供たちと交流できるいい機会になった」と喜んでいた。

写真はあや取りをする児童とお年寄り


2002.11.8  

舞鶴ユネスコ協会・絵画展の入賞者決まる
舞鶴市長賞に田畑友也君(倉梯第2小4年)の作品

 舞鶴ユネスコ協会(福嶋正美会長)が、「絵で伝えよう!わたしの町のたからもの」をテーマに、市内の小中学生を対象に募集した絵画展の入賞者が決まった。舞鶴市長賞には、倉梯第2小学校4年、田畑友也君の作品「赤れんが博物館」が選ばれた。
 絵画展は、地域の文化財や自然環境のすばらしさを見つめ直し、未来へ引き継ぐ気持ちを育てることを目的に開催された。小中学生からは、神社仏閣など歴史的建造物、身近な風景などを描いた作品40点の応募があった。作品は審査され、7作品が舞鶴市長賞など特別賞を受賞した。
 絵画展は、世界遺産写真パネル展、第16回世界児童画展、市内幼稚園児絵画展と併せて、11月10日まで北吸の市政記念館で開かれている。また、11月15〜同17日に南浜町のショッピングセンター「らぽーる」、12月5〜同7日に伊佐津の西駅交流センターで開かれる。
 舞鶴市長賞のほかの入賞者は次の皆さん。
 ▽市教育長賞=上野雅裕(若浦中3年)▽市小学校長会長賞=桝本悠輔(神崎小2年)▽市中学校長会長賞=蝶勢智明(若浦中1年)▽日本ユネスコ協会連盟会長賞=臼井佑希(明倫小6年)▽京都府ユネスコ協会連盟会長賞=鳥居拓磨(三笠小1年)▽舞鶴ユネスコ協会長賞=今岡奈都美(八雲小5年)

写真上は田畑君の作品「赤れんが博物館」。写真下は日本ユネスコ協会連盟会長賞・臼井佑希さん(明倫小6年)の作品「歴史ある多宝塔」


11月15日〜17日、浜の総合文化会館で
日本画家・井上緑峰さんの画業偲び遺作展

 昨年7月に86歳で亡くなった日本画家、井上緑峰さんの遺作展が、井上さんから指導を受けた「緑峰会」の人たちの手によって、11月15日〜17日、浜の総合文化会館で開かれる。同会の第30回目の作品展も兼ねている。出身地の網野町の菩提寺に保管されている絵画4点が、今回初めて展示公開されることになり、井上さんの画業を偲ぶことにしている。
 井上さんは16歳で画家を志し、戦時中は舞鶴に移住し海軍鎮守府嘱託画家となった。昭和30年、水墨画・日本画の「緑峰会」を主宰し、多くの門下生を指導。旺盛な創作意欲を持ち、作品はフランス、ポルトガルなどの国際展で受賞、国内外で知られるようになった。海外での日本文化紹介の功績で「国際芸術文化賞」を受けた。
 また、社会福祉法人・舞鶴学園の理事長を40年間務めたり、自作をオークショクにかけるチャリティーを開いて収益金を阪神大震災の被災者に寄付するなど、社会福祉活動にも尽力した。
 井上さんの遺志によって、作品は菩提寺の大林寺に展示保管されており、遺作展は7点を借り受けて開催する。昭和13年作の「カンナ」、平成2年作の「日本海の怒涛マ号を囓む」などの代表作のほか、同寺に寄贈されたちりめん布地に描いた四季シリーズも初めて展示。緑峰会の約60人が約130点を出品し創作の成果を披露する。
 同会事務局長を務める今峰武さん(75)=丸山中町=は「お正月に会の役員が先生宅に集まるのを楽しみにしていらっしゃった。美しいものを美しいと感じる心を育てようと福祉活動にも尽くされた」と話している。展示は午前9時半〜午後5時半(17日は同5時)。

写真は創作に励むありし日の故・井上緑峰さん(「井上緑峰画集」より)


2002.11.5  

マルタさんを舞鶴に呼ぶ会
「一流に逢いたい」の教室、荒木さんがマナーズセミナー

 カフェレストラン「ほのぼの屋」で接客マナーを指導している研修インストラクターの荒木真由美さんのマナーズセミナーが11月2日、大波下のほのぼの屋で開かれた。マルタさんを舞鶴に呼ぶ会(岸本純子会長)主催。荒木さんはほのぼの屋で働く障害者たちに接客を指導した中で、障害者たちが純粋に学び働く姿を通して優しさをもらったと話した。
 同会は高校生たちにプロ演奏家から学ぶとともに、チャリティーの体験を心に留めてほしいとの思いから、世界的サックスプレーヤーのマルタさんを招き、東舞鶴高校ウィンドアンサンブルが来年3月に開くコンサートで、部員らに共演する機会を提供する。「一流に逢いたい」をテーマに、各界で活躍する著名人を講師とした教室を9月から開き、その収益金でマルタさんを招くことにしている。コンサートはチャリティーとし、集まった寄付金は難民支援に役立てる。
 今回の講師の荒木さんは1950年福知山市生まれで、38歳から10年間京都ロイヤルホテルでゲストサロンマネジャーとして勤務。また、精神障害者授産施設「ほのぼの屋」がレストランを開設するにあたって、障害者と職員の接客指導をした。セミナーでは昼と夜の部で73人が来場、荒木さんの話と食事を味わった。
 荒木さんはオープン前に接客の基本を指導したが、障害のあるなしに関わらず同じような態度で接した。働く喜びでいつも笑顔の人がいること、純粋に学びあいさつする姿に感動したことを紹介。「障害者はあるがままの自分で働くことができ、居場所がある安心を感じている。みんなの持てなしたいという気持ちが伝わり、店に心地よさが生まれている」と話した。
 12月7日はほのぼの屋シェフの塩原勝さんのクリスマス料理教室、同14日と15日午後6時半からはクリスマスコンサート。出演はピアノに内藤泰子さん、サックスに永井実穂さん。各催しとも料金は7000円。
【問い合わせ】電話63・7099、鷲田さん。

第53回舞鶴市民俳句大会
川瀬さんに市長賞、伊藤さんが市議会議長賞

 第53回舞鶴市民俳句大会(舞鶴俳句協会主催)が11月3日、浜の市商工観光センターで開かれ、兼題の部で、川瀬迪子さん(浜)の作品「盆僧の大きな下駄を揃へけり」が舞鶴市長賞、席題の部で、伊藤アイ子さん(行永)の作品「湯気のたつものよく売れて秋祭」が市議会議長賞を受賞した。
 俳句大会には、俳句愛好者ら51人が参加。兼題の部では、舞鶴俳句協会の結社代表21人が、投句作品276句の中から優秀作品を選び、席題の部では、当日に会場周辺を嘱目して創作した102句を互選して優秀作品を決めた。
 市長賞、市議会議長賞を除く入賞者は、次の皆さん。
 【兼題の部】舞鶴市教育委員会賞=利根川妙子(魚屋)▽舞鶴市民新聞社賞=平野美弥子(行永)▽俳人協会両丹連絡会賞=三輪恒子(長浜)▽舞鶴俳句協会長賞=伊藤豊(行永)
 【席題の部】舞鶴文化協会賞=木船史舟(溝尻町)▽京都新聞社賞=伊藤豊(行永)▽俳人協会両丹連絡会賞=磯嶋ふみ子(大君)▽舞鶴俳句協会長賞=田中佐知子(北田辺)

写真は舞鶴市長賞を受ける川瀬迪子さん


2002.11.1  

西高の依田君とボランティア部員
12月の車いすハンドボール大会へ

 車いすで学校生活を送る西舞鶴高校1年の依田琢磨君(16)=上福井=と、同高ボランティア部の生徒たちが、12月に宮津市内である車いすハンドボールの大会に出場しようと、練習に取り組んでいる。障害者のあるなしに関わらず同じルールで楽しむことできる。小学生のころから競技経験のある依田君から、部員らは車いすの扱い方や試合運びなどを教わった。
 依田君はせき髄腫瘍で下半身まひとなり、福井小学校2年生のころから車いすを利用しているが、中学校と西高では吹奏楽部に所属し、また車いすによる陸上競技に出場するなど活発な活動をしている。
 車いすハンドボールに出合ったのは7年前。通院する舞鶴共済病院の医師に誘われて競技を始め、城北中時代には友だちとチームを作って試合に出場した。今年6月に大会に出場したが、その様子を観戦した同ボランティア部顧問の発案がきっかけで、部員らも出場することにした。
 競技は1チーム6人。1人はゴールを守る。シュート数で勝敗を競う。ボールを持つ人は3回まで車いすのタイヤを回して移動できる。12月8日の大会「あいカップ」は、宮津を中心とした障害者でつくるスポーツクラブ「I」が主催。約10チームが参加する。
 練習会には部員5人や依田君の友人、みずなぎ高野学園に通所する競技経験者が集合。競技用車いすは市などで借り、依田君の指導でシュートの練習、ミニゲームをして競技に慣れた。ボランティア部員の1年生、森下知美さん(15)は「タイヤを回す腕が疲れたけれど試合は楽しくできた」、依田君は「みんなが同じ立場で楽しめ、大会を通して交流もできるのがいい。競技をする人が増えてくれれば」と話していた。

写真は大会に向けミニゲームで汗を流す生徒たち


大連市農村部の中学校に募金や辞書
市民訪問団 が友好都市提携20周年で

 中国大連市と舞鶴市との友好都市提携20周年を記念して、舞鶴市民大連友好訪問団が先月(10月)、大連市や農村部の中学校などを訪れた。NPO法人大連・舞鶴交流友の会(黒田隆男会長)が支援する中学校を見学し、募金と中和辞典を贈った。
 同友の会は大連市農村部での生活支援に取り組んでいる。同市から北へ約100キロにある瓦房店(がぼうてん)市は人口2万2000人の農村で、生徒1400人が在籍する第33中学校は老朽化が激しく、数年前から改築工事をしていたが財政不足で中断。同友の会が大連市などに働きかけ、校舎の改築が完成し、市も今年五月にパソコン30台を寄贈した。
 こうした新校舎を見学しようと、同じく大連市民と交流を続ける平和折り鶴市民の会(霜尾孝雄会長)と同友の会の23人が訪問団を結成し、先月3泊4日で訪れた。第33中学校では募金32万円と辞典、団員の亀井清志さんが自作の絵画を寄贈、生徒たちから歓迎を受けた。訪問団事務局の藤井満さんは「校舎は完成したが体育館はできていない。支援と交流の輪を広げていきたい」と話していた。

写真は大連市農村部の中学校に辞書を贈る訪問団