2002.1.29  

韓国修学旅行感想文コンクールで
日星高生3人が金賞・銀賞・佳作に

 韓国の旅行代理店・韓国観光公社主催の韓国修学旅行感想文コンクールで、日星高校の生徒3人が金賞、銀賞、佳作を受賞した。3人は昨年(平成13年)4月、韓国の高校や独立記念館などを見学したが、訪れる前後で韓国への考え方が変わった様子を書いた。出会った韓国人たちが日本に苦しめられた戦争の歴史を乗り越え、日本と友好を深めようとしている姿を見て、過去の歴史を見つめなおし、隣人としてともに歩んでいきたいと結んでいる。
 日星高は、日本と一番近いアジアの国の韓国との文化交流や日本の戦争の歴史を学ぶため、昭和62年から3年生の学習旅行として韓国を訪問してきた。徳園芸術高校での交流、韓国在住の身寄りのない日本女性が暮らす保護施設「ナザレ園」などを見学している。
 同コンクールは韓国を修学旅行で訪れた日本の高校生を対象に募集し、応募作品の中から特賞、金賞、銀賞、銅賞、入選、佳作を選ぶ。今回は各地の高校から310編が寄せられた。日星高は3年生136人が感想文を書き、そのうち10人が応募した。
 普通科国際コースの嵯峨根梨香さん(18)=公文名=が「出会いと別れ」で金賞、同コースの川井麻里那さん(同)=和田=が「共に歩む道を求めて」で銀賞、衛生看護科の狩谷理江さん(同)=宮津市宮本=が「韓国学習旅行記」で佳作を受賞。同高では過去特賞を受けたが金、銀同時は初めて。
 3人は日本の教科書問題に対する韓国での抗議デモなどを見て、旅行への不安があった。独立記念館の見学では、嵯峨根さんは展示を正視することができなかったが、出会った釜山の高校生が気持
 狩谷さんはナザレ園であいさつをしたが、行く前は社交辞令としてしか考えていなかった。しかし、日本人女性を同じ戦争犠牲者として支援する韓国人の温かさを知り、「もっと韓国と日本が近い国となるように韓国で学んだことを忘れず、私たちのできることを探したい」と心を込めてあいさつしたと綴った。
 川井さんは「日本は原爆を落とされたと言うが、戦争に被害者も加害者もないと思った。これからは欧米だけでなくもっと近い国にも目を向けたい」と話していた。嵯峨根さんと川井さんは、同公社から3月24日から28日まで韓国へ招待を受けた。表彰式はソウルである。

要約筆記サークル「みみかき」が結成20周年
今後も2人3脚で社会参加

 耳の不自由な人たちの耳代わりになって、会話を文字で伝える要約筆記のボランティアサークル「みみかき」(上野和子会長、会員29人)が結成20周年を迎え、1月27日、南田辺の西総合会館で記念式典を開催した。同会は難聴者と協力して「聞こえの保障」に取り組み、今後も2人3脚で社会参加をと励まし合った。
 みみかきは昭和57年1月に結成され、難聴者や中途失聴者のコミュニケーションの手段として、会話をオーバー・ヘッド・プロジェクター(OHP)やノートを使った筆記で伝えてきた。市も難聴者の要請を受けて筆記者を派遣する制度を同59年に全国で最初に実施。昨年(平成13年)度は300回以上の派遣に応じた。また、最近ではパソコンを使った要約筆記も導入している。
 式典には約80人の関係者が出席。上野会長が「今後も難聴者に情報をわかりやすく伝えていくため試行錯誤を繰り返していきたい」とあいさつ。府難聴者協会舞鶴支部の梅原経雄支部長が「みみかきは難聴者の拠り所となっている」と祝辞を述べた。続いて、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の高岡正理事長が記念講演をした=写真

2002.1.25  

行永家住宅の建築年5年さかのぼる
「文政三年」(1820年)の墨書き横木見つかる

 小倉の国指定重要文化財の民家「行永家住宅」(行永壽二郎さん所有)の解体・保存修理を進めている府教育庁は1月23日、解体調査の結果と今後の復元計画を発表した。「文政三年」(1820)の墨書きが記された天井板を受ける横木が見つかり、これまで考えられていた文政8年の建築から5年さかのぼることが分かった。建物正面の座敷やかまどを備えた土間などを当時の姿に戻して、保存修理することにした。今年12月末の完成を目指している。
 行永家は天明時代(18世紀後半)から旧小倉村の庄屋を務めた。その民家は平屋1部2階建てで、平面積は約191平方メートル。屋根の鬼瓦に「文政八年」(1825)の銘がある。丹後地方では最古の瓦葺き家屋。
 現在京都市に住む行永さんが、昭和56年から月に数度滞在し管理してきた。しかし、老朽化のため府に修理を委託し、昨年2月から府教育庁が建物を解体し、家屋の変遷過程を調べてきた。将来は行永さんがここに住む予定で、生活空間と文化財としての建物を考慮して、復元保存の工事に今後取りかかる。総事業費は1億9000万円。
 柱と梁を除いた部分を解体し調査した結果、玄関の天井の横木に「文政三辰五月六日」との墨書きがあった。洗いものをした「流し」からの排水を一旦溜めて、畑に肥料として利用するための水門(直径1.5メートル、深さ1メートル)も、コンクリートの床下から見つけた。
 また、上屋(2階)の屋根瓦の9割は176年間、1度も葺き替えられずに使われていることが確認された。当初の室内は土間、広間などがある丹後型の民家の造りであることも分かった。
 今後の復元保存については土間のほか、板間と竹簀の子天井の広間を作る。建物正面の座敷は当初の姿とし、後ろの納戸や台所は行永さんの住居として整備する予定。瓦は6割をそのまま使う。
 調査を担当する同庁文化財保護課の塚原十三雄専門員は「建築年代が5年さかのぼったが、その5年の間屋根は仮葺きしていたのかもしれない。1つの材にしろ、丁寧で手間のかかった仕事の跡がうかがえ、貴重な建物だ」と話していた。

冬場の輸血用血液確保へ
はたちの献血キャンペーン実施中

 日本赤十字社は、「はたちの献血キャンペーン(1月1日〜2月28日)を実施している。輸血用の血液が不足しがちな冬場の安定供給を図るため、若い人たちを中心に1人でも多くの人たちに献血に対する理解と協力を呼びかけている。
 はたちの献血キャンペーンは、昭和50年(1975)に、将来の献血基盤を支える若者たちに献血を呼びかけるため、全国民放53社の放送網を駆使して展開されたのが始まり。
 その後、日本民間放送連盟加盟ラジオ局の電波による献血PRを軸に、ポスター、横断幕の掲出など大規模なキャンペーンが実施されている。今年はタレントの内山理名さんが、若い仲間の献血リーダーとして、キャンペーンを応援している。
 キャンペーン期間中の舞鶴での献血日程は、次の通り。
 ▽30日午前10時〜同11時半、午後0時半〜同3時半、上安のポリテクカレッジ京都(成分献血あり)▽2月6日午前10時〜同11時半、午後0時半〜同3時半、南田辺の西総合会館(同)▽同18日午前10時〜同11時半、午後0時半〜同3時半、北吸の市役所(同)▽同25日午前10時〜同11時半、午後0時半〜同3時、倉谷の舞鶴保健所(同)。

2002.1.22  

「YOSAKOI舞鶴」会員600人に
踊りの輪広がり今年の初練習

 高知のよさこい踊りを舞鶴風にアレンジした「YOSAKOI舞鶴」の今年の初練習が1月19日、伊佐津の西駅交流センターであった=写真。2年前のスタート時には約50人で踊りの連「YOSAKOI舞鶴」(田中裕美代表)を始めたが、今では会員600人にまで増えた。中でも小学生40人が自主的に参加するなど踊りの輪が広がっており、昨年は市外のよさこいグループと共演するなど交流も深まった。近く新曲もできあがる予定で、今年は一層踊りの楽しさを伝えたいとしている。
 平成12年3月の「春を呼ぶ舞まいフェスタ」のオープニングで、市民らが初めてYOSAKOI舞鶴を披露した。高知のよさこい踊りの指導者の國友須賀さんが、舞鶴の民謡を参考にして舞鶴をイメージした曲「YOSAKOI舞鶴」「大風流バサラ踊り」の曲と振り付けを創作した。
 その発表の後、出演した市民らが舞鶴の踊りとして広めたいと願って、希望者を募って練習を再開し、夏のちゃった祭りで披露した。その後も月2〜4回の練習会を続け、昨年は奈良市や京都市のイベント、市内ではちゃった祭りや田辺城まつりなどにも100人規模で出演。8月に本場高知のよさこい祭りを見学し、11月のだるま祭りでは高知から須賀よさこい連を招き共演した。
 1昨年、昨年と余内小学校などで小学生がYOSAKOI舞鶴の練習に取り組み、運動会で発表した。その後、余内小や中筋小の児童らが踊りを続けたいと、自主的に練習会に参加するようになった。3月には子供たちだけのKIDS連で、舞鶴赤十字病院で披露することも計画中。また、昨年は伊根町や綾部市、丹波町でもよさこい連ができ、交流する機会も増えてきた。
 鳴子を手にしたリズミカルで勢いのある踊りがファンを増やし、現在会員は正、賛助会員も含め3歳〜70歳代の600人。毎回80人以上が練習に参加し、汗を流している。今年の初練習をした余内小6年生の村松愛美さんは「運動会で踊って楽しかったので、練習会に友達と一緒に来るようになりました」と元気に踊っていた。
 代表の田中さんは「来月(2月)末には新曲もできあがってきます。今年はもっといろんな人たちと踊り、遠征にも出掛けたい。来年ぜひ本場高知の祭りに出るため、今年はその土台づくりをしたい」と話していた。
 2月の練習会は5日午後6時半から西駅交流センター、17日午後1時半から上安久の文化公園体育館、28日午後6時半から同センターで催す。

留学生らがお国自慢料理
交流会で腕をふるう

 舞鶴文化教育財団(高橋照理事長)主催の第8回舞鶴留学生交流会が1月20日、余部下の中央公民館で開かれ、留学生のお国自慢の料理や和食を一緒に作って交流を深めた=写真
 国際理解の一助にと、舞鶴文化教育財団が、舞鶴在住の留学生や地元の高校生らを招いて開催している恒例行事。舞鶴高専のフィジー、マレーシア、カンボジアなど5カ国の留学生7人、地元舞鶴の日星、東舞鶴高校生、海上保安学校の学生ら約30人が参加した。
 参加者らが調理に挑んだメニューは、フィジーの留学生、アーノルド・クマールさん(22)の提案した「ベジタブルカレー」やマレーシアの「ビーフントムヤン」と、海上保安学校の主計科教官、上野恭嗣さんの和食「豆腐とエビの揚げワンタンサラダ」の3品。
 ベジタブルカレーは、クマールさんを中心に、高校生も一緒に材料のタマネギやジャガイモ、ニンジンなどを刻み、クマールさんが持参したカレーなどの香辛料を使って作った。
 この後、出来上がった料理を並べ、舞鶴文化教育財団が学校建設を支援するネパールのお茶を飲みながら、参加者らが会食。それぞれの国の食文化について話を弾ませていた。

2002.1.18  

高齢者保健福祉計画の見直しで
市が市民アンケートの実施を決める

 舞鶴市は、平成15年度に更新する市高齢者保健福祉計画(第2期介護保険事業計画)の見直しに向けて、市民アンケートの実施を決め、1月15日に市役所で開かれた「まいづる長寿社会プラン推進会議」(増山寛一会長)で了承された。
 市高齢者保健福祉計画は、老人保健福祉計画と介護保険事業計画を一体的に作成した計画で、3年ごとに見直す。現在の第1次高齢者保健福祉計画は、介護保険制度が始まる直前の平成12年3月に策定され、介護保険事業計画とともに、平成15年度に新たに5カ年計画を策定することになっている。
 まいづる長寿社会プラン推進会議は、市高齢者保健福祉計画の策定にあたって、高齢者や介護保健の被保険者ら各界各層の意見を反映させるために設置された。公募による市民も含めて18人で構成、平成10年8月の第1回会議から、この日の第9回まで定期的に会議を開いている。
 市高齢者保健福祉計画の見直しに向けての市民アンケートは、若年者一般(40〜64歳)500人、高齢者一般(65歳以上)1500人、在宅の要介護(要支援)認定者2100人、施設入所の要介護認定者500人の計4600人を対象に実施する。若年者・高齢者一般は抽出して選定、要介護(要支援)認定者は全員に実施する。実施時期は1月下旬。
 市民アンケートでの設問は、対象者別に異なるが、若年者・高齢者一般では、主に介護保険制度の周知度について質問。在宅、施設入所の要介護(要支援)認定者には、介護保険サービスの満足度などを主に質問している。
 市では、このアンケート調査を基に、サービスの質の向上など介護保険制度の諸課題を明らかにして、第2次高齢者保健福祉計画に反映させたいとしている。

三笠小で給食週間に世界の味めぐり
児童と給食員が一緒に食事し交流

 食事と健康の関わりに関心を持ってもらおうと、給食週間が始まった三笠小学校(中西眞夫校長、243人)で1月15日、スペイン料理の給食が出され、1年生らが給食員と一緒に食事をして交流した。
 1月24日が給食記念日となっていることから、各学校は給食週間を設けて食事について学ぶ取り組みをしている。三笠小では15日から21日まで、イタリアや韓国などの料理を出す世界の味めぐりを企画した。
 初日はスペインのパエリアなどが出た。1年1組では給食員の岸田千春さん(57)が作り方を説明し、児童らと一緒に食べた。1年生の上野山莉加さんは「おいしかった」と感想を述べ、全員で岸田さんに手作りのメダルをプレゼントした。

2002.1.15  

村尾さんが写真展で「残しておきたい風景」アンケート
第1位に国病前の満開の桜並木

 アマチュアカメラマンの村尾幸作さん(62)=丸山中町=が、昨年秋に開催した写真展「四季でつづる『ふるさと』の風景」で、来場者に行ったアンケート調査の結果をまとめた。アンケートでは、「これからも残しておきたい風景」として人気投票も行い、第1位に国立舞鶴病院前の満開の桜並木が選ばれた。
 写真展では、村尾さんが撮影した四季折々の美しい舞鶴の風景写真51点を展示した。3日間開かれた写真展には、約1500人が鑑賞に訪れ、この内628人がアンケートに答えた。回答者の年代別では、60代がもっとも多く182人、次いで50代170人、70代104人、40代66人の順だった。
 アンケートでは、「これからも残しておきたい風景」として、51点の中から3点を選んでもらった。第1位は125票の「桜トンネルに誘われて」と題する作品で、満開の国立舞鶴病院前の桜並木だった。第2位は94票の三浜峠のメタセコイア、第3位が89票の神崎れんがホフマン式輪窯跡だった。
 村尾さんは「来場者の皆さんから貴重な意見やアンケート結果が寄せられた。これからの『ふるさと舞鶴』のビジョンを創造していくために、このアンケート結果が役立てれば幸いです」と話している。

絹川さんと志賀さんがジョイント展 1月30日まで「夢屋」で絵と写真「裏イベリア紀行」
 西神崎の画家、絹川琴美さんと京月町のアマチュアカメラマン、志賀道弥さんのジョイント展「裏イベリア紀行」が、昭和台の画廊喫茶「夢屋」で開かれている。2000年に友人らと旅したスペインなどの町の石造りの壁をモチーフにした絵と、荘厳な大聖堂を撮影した写真が、見る人に強い印象を与えている。1月30日まで。
 2人は一昨年12月に友人らに誘われて、スペイン北西部やポルトガルのファテマなどキリスト教の巡礼の道などを見て回った。その旅の印象をそれぞれの作品として昇華させた。
 絹川さんは石造りの町並みや道路に強く引かれた。特に市街地の路地の石組みの壁を見て、その凹凸や材質感を絵で表現しようと、制作に取り組んだ。旅行中に見た風景を手掛かりに、自分のイマジネーションで作品を練り上げていった。
 4号の作品から、リスボンの路地裏をモチーフにした50号の「見つめる壁と俯く犬」など、計30点を展示している。水彩やクレヨンを使ったほか、紙をカッターで傷つけたり、削った鉛筆の芯を塗り付けるなどした。絹川さんは「これまで試したことのない技法を使ったりと、楽しんで描くことができました」と話していた。
 写真歴20年の志賀さんは、これまで木々の風景写真を多く撮ってきた。巡礼路をたどる旅に引かれて参加し、心を動かされた大聖堂や町の風景を中型カメラとコンパクトカメラを使って、フィルムに焼き付けた。今回の写真展は大学卒業後では初めてという。
 中型カメラを三脚を立てて撮影した大聖堂の内部やマリア像、手軽なカメラで取った町を歩く人のスナップ写真の計20点が並んでいる。入場無料。

2002.1.11  

漁業者悩ますミズクラゲの大量発生
京大水産実験所の益田さんらが共同研究

 近年日本の沿岸海域の護岸工事でミズクラゲが増え、定置網などに入って漁業者らを悩ませている。また、このミズクラゲは一部の魚類を捕食していることは確かめられているが、近年資源量が減少している魚類との関係も注目されだした。舞鶴湾や若狭湾でも大量発生しているミズクラゲとマダイの稚魚の関係をテーマに、長浜の京都大学水産実験所の益田玲彌助手(36)らが昨年から共同研究を行っている。その実験結果を公開シンポジウムで報告した。
 ミズクラゲは日本各地の沿岸で見られ、ほぼ1年を通して出現する。舞鶴湾では4月〜9月が最も多い。全国的に増えているが、特に瀬戸内海で多いとの報告がある。生後数日間のミズクラゲは着底する護岸が必要で、砂浜や海草の海辺は生息環境に適していない。各地でコンクリート護岸の増加が、クラゲの大量発生の原因とされる。しかし、その固体数や生態はほとんど分かっていない。
 舞鶴でも漁業関係者からここ数年、定置網にミズクラゲが大量にかかるのと同時に、マサバが捕れなくなったとの話が出ている。マサバの府内全体の漁獲量は、1995年の約9000トンをピークに減り続け、98年は1000トン弱だった。ミズクラゲはタラなどの稚魚を捕食する例が実験で明らかになっていることから、資源が減少している魚とミズクラゲの関連も考えられるとし、益田さんと京大農学研究科4回生の中山慎之助さんらが共同研究に取り組むことにした。
 同実験所前の海で傘径6〜8トンのミズクラゲを採集し、クラゲとほぼ同じ海域に分布するマダイの稚魚を使って、その捕食行動を実験した。1個の水槽に3匹のミズクラゲを入れたところ、生後18日以前の全長7ミリ未満の稚魚は簡単に捕食された。1匹のミズクラゲは弱っている稚魚なら200匹も捕食した。
 益田さんは先月(昨年12月)末、東京大学海洋研究所主催の公開シンポで実験結果を報告し、中山さんも卒論で発表する。益田さんは「ミズクラゲを好んで食べるアジなどが増えていることも考え合わせると、資源の増減にはミズクラゲがリンクしている可能性がある。クラゲを増やさないためには海を自然の状態で残すことが大切」と話していた。今後もミズクラゲの固体数調査などを続ける。

交通事故防止や薬物撲滅へ
東署が110番の日に「ミニ警察展」

 「110番の日」の1月10日、舞鶴東署(坂崎稔署長)は、南浜町のショッピングセンター「らぽーる」で、「ミニ警察展」を開き、交通事故防止や銃器・覚せい剤など薬物の撲滅を呼びかけた。
 ミニ警察展は、警察への協力と理解を深めてもらうための広報活動の一環として開かれた。各交番のミニ広報紙や交通事故現場のパネル写真、防犯グッズなどを展示。また、銃器や薬物の撲滅を訴えるビデオを放映した。
 会場では、クマの着ぐるみを着た署員が、子ども連れの買い物客らに、風船とチラシを配布。また、展示された白バイに子どもたちを乗せ、撮影した写真をプレゼントした。

2002.1.8  

第1回舞鶴絵手紙コンクール作品展
19・20日「らぽーる」で北川さんの作品や入賞作640点展示

 第1回舞鶴絵手紙コンクール(舞鶴絵手紙実行委員会主催)の作品展が1月19、20の両日、南浜町のショッピングセンター「らぽーる」1階のセントラルコートで開かれる。絵手紙大賞を受賞した丸山口町の北川節代さんの作品のほか、各賞入賞作など640点の応募作を展示する。
 舞鶴絵手紙コンクールは、舞鶴市民新聞社、舞鶴観光協会などで構成する舞鶴絵手紙実行委員会(松本昭司委員長)が、ふるさと・舞鶴の魅力の再発見をと、小学生から一般の大人までを対象に作品を募集。小、中学生から372点、一般から268点の計640点の応募があった。
 舞鶴の美しい自然や風景、歴史的建造物、町並み、特産品などを題材にした絵と、舞鶴の魅力を発信する一文が添えられた作品は力作ぞろい。小学生の作品は、緑や自然豊かな舞鶴の風景を描き、一般の作品は、舞鶴の名所や特産品などを趣向を凝らして描かれている。
 応募作から各入賞作が決まったが、新たに、特産品としてかまぼこを描いた作品の中から、舞鶴蒲鉾協同組合長賞4点、明倫小学校の児童の作品からマナイ商店街振興組合賞とちゃったカード組合賞各1点、後援団体の呉竹賞5点=写真=が決まった。  入賞者は次の皆さん。
 ▽舞鶴蒲鉾協同組合長賞=大島瑞恵(矢之助町)高田徳子(小倉)宮森明生(朝来小5年)松岡岬(同2年)
 ▽マナイ商店街振興組合賞=藤本裕樹(明倫小4年)▽ちゃったカード組合賞=村川萌(同4年)
 ▽呉竹賞=木船豊美子(溝尻町)小由里雄三(引土)福岡芳宏(高槻市)松尾真至(白糸中3年)小島由紀(朝来小6年)

舞鶴のスカウト隊員
一堂に会して新春書き初め

 ボーイスカウト京都連盟白樺地区・舞鶴ブロック主催の「新年書き初め大会」が1月6日、浜の八島商店街などで行われ、スカウト隊員らが、それぞれのモットーを毛筆で書き上げた=写真
 舞鶴ブロックのボーイスカウト舞鶴第3、4、5、6団では、隊員が一堂に会して、今年1年の決意と隊員相互の友情を確認しあおうと、書き初め大会を開催した。4個団の合同による初の催しで、地域団体を応援して活性化をめざしている東舞鶴商店街連盟、八島おかみさん会が協力した。
 隊員たちは、八島商店街の一角にござを敷き、この上で書き初めに挑戦。カブ隊は「いつも元気」、ボーイ隊は「備えよ常に」とのモットーを書いた。また、もちつき大会も行われ、隊員たちは商店街の人たちとも交流した。