舞鶴市民新聞社の運営する舞鶴市近郊ローカルニュースサイト
      Web みなと舞鶴    http://www.maipress.co.jp
現在地は?
ホーム>> 過去のトピックス >>2005年1月
2005年1月28日

『タイの国 JICAそろばん先生奮闘記』
教室経営の西野さんが本出版
 引土など市内3カ所でそろばん教室を経営する西野啓子さん(57)=宮津市由良=が、国際協力事業団(JICA)の派遣で2001年から1年間、タイの小学校教師や子供たちに教えた体験を原稿にまとめ、このほど新風舎から『タイの国 JICAそろばん先生奮闘記』(128ページ、B6判)を出版した。西野さんは「タイでの指導でそろばんの魅力を改めて見直し、素朴な人たちとの生活を通して忘れていたものを取り戻せた」と、大きな収穫を得た充実感が活字からあふれている。  西野さんは引土新町の生まれ。小学校5年生からそろばんを習い始め、すでに高校2年生のころから子供たちを自宅で教え、卒業時には約50人に指導した。19歳で教室を開き、引土や八雲などで教えている。  国を挙げてそろばんの普及に取り組むタイで、JICAが指導者の要請を支援するプロジェクトに、シニア海外ボランティアの日本人を派遣していることを知って応募した。40年近い指導のキャリアを持つが、もう一度そろばんの意義を白紙の地で確かめたいとの思いがあった。  タイ東北の農村部の小学校を巡回し、教師らに教えた。住み込んだ村の民家を開放し、近くの子供たちにもそろばんを教え、同行した夫の隆昭さん(58)が日本語を指導した。住民たちと一緒に映画や市場に出掛けるなど、すっかり生活にも溶け込んだ。  先生への指導は理解してもらえず、練習プリントの回答が回覧されるカンニングがあったりなどしたが、我慢強く接したことで先生たちも前向きに取り組んでくれるようになった。自宅で教える子供たちも大会で上位を独占し、学校の成績が下位だった高校生男子が上達するにつれ学力も向上し、いまでは塾を開いている。  食べていくだけで精一杯の貧しい人たちは、いつも「マイ・ペンライ(大丈夫、気にしない)」と笑顔で暮らす。彼らとの生活は戸惑いもあったが、それ以上に懐かしいと思うことも多かった。お年寄りを敬い、互いに助け合い生きる姿から忘れていた心を思い出させてくれた。  帰国後は自分の中で何かが変わったと思った。そろばんで集中力などが養われる意義を改めて見直し、生徒たちに信念を持って話しかけている自分がいた。幸福の基準も心の持ち方で左右されると考えるようになった。地元の中学校でタイの講演を繰り返す内、再びタイで指導したいとの思いが膨らんだ。  体験を記録にまとめようと、原稿を持ち込んだ新風舎から初版500部を出版。品切れとなったため増刷も決まり、近く書店に並ぶ予定。西野さんは「タイでは幸せな時間を過ごせました。そろばんが貧しい子供たちの自立の手段にもなれば」と話していた。誘いのあるラオスでの指導に夢を広げている。本は1冊1000円(税別)。
【問い合わせ】電話03・3746・4648、新風舎。

写真=「忘れていたものを取り戻せた」と話す西野さんと出版した本
「夜回り先生」水谷さんが連続講演会
来月6・7日、若者の非行や薬物問題
 「夜回り先生」として青少年の悩みに向き合う元高校教員の水谷修さんの講演会が、2月6日に北田辺の市民会館で、続く同7日に森の南公民館で開催される。いずれも入場無料。  水谷さんは昭和31年生まれ。横浜市の高校教員となり、教員生活のほとんどを生徒指導にあたり、中・高校生の非行や薬物問題に務めてきた。また、夜の繁華街をパトロールし、若者と触れ合いながら非行防止と更生に取り組み、電話やメールで全国の不登校やひきこもりの若者らの声に応えている。こうした活動がテレビで報道されたり、各地で講演の依頼も増えている。  6日の人権講演会は市PTA連絡協議会の主催。演題は「さらば哀しみの青春〜夜回り先生からのメッセージ〜」。午後2時から。
【問い合わせ】電話75・0137、城南中学校。
 7日の倉梯第二小学校教育講演会は倉梯第二小学校区子育て支援協議会などの主催。演題は「さらば哀しみのドラッグ〜『No』という勇気をもとう〜」。午前10時から。
【問い合わせ】電話63・5256、倉梯第二小。

写真=青少年の悩みに向き合う水谷さん
2005年1月25日
















舞鶴ユネスコ協会が絵画と作文表彰
地域のたからもの見直し、地球社会考える
 舞鶴ユネスコ協会(福嶋正美会長)は1月22日、南田辺の西総合会館で、第5回「絵で伝えよう!わたしの町のたからもの」絵画展と、第6回「地球社会に生きる」小中学生作文の表彰式を行った。絵画展では齊藤可奈子さん(若浦中3年)が市長賞、作文では左近榮梨さん(新舞鶴小6年)が舞鶴ユネスコ協会賞を受けた。  同協会は絵画で地域を見直してもらおうと実施し、市内の小中学生106人が応募した。その中から優秀作品四十点を選び、昨年11月に絵画展を開催。作文は地球社会の一員として生きることを学んでもらおうと募集し、127篇が集まった。その中から11点の入賞作品を選んだ。  表彰式ではこの中から絵画の特別賞八人、作文の協会賞と優秀賞の四人が出席。福嶋会長に代わって水嶋昇副会長が「ユネスコ憲章には教育や文化などを通して平和の礎を築くとあります。新舞鶴小学校の六年生が地球社会に生きるをテーマに学習し、アフガニスタンへの学用品支援などに取り組むなど、本当にうれしく思います」とあいさつ。その後、水嶋副会長らが受賞者に賞状と記念品を手渡した。  そのほかの受賞者は次の皆さん。  【絵画展】教育長賞=平井美咲(大浦小)▽小学校校長会長賞=小路ひかる(倉梯第二小)▽中学校校長会長賞=岩崎真依(岡田中)▽日本ユネスコ協会連盟会長賞=奥ほなみ(明倫小)▽あいおい損保社長賞=蔵重美佳(和田中)▽京都府ユネスコ協会連盟会長賞=近藤亜美(新舞鶴小)▽舞鶴ユネスコ協会会長賞=藤井莉子(倉梯第二小)  【作文】優秀賞=長野愛(新舞鶴小)森安彩(同)佐藤結衣(岡田中)

写真左から水嶋副会長から表彰状を受ける左近さん(作文)。舞鶴市長賞を受けた齊藤さんの絵画作品「クレインブリッジと花火」 。日本ユネスコ協会連盟会長賞を受けた奥さんの絵画作品「朝代神社」 。京都府ユネスコ協会連盟会長賞を受けた近藤さんの絵画作品「朝市」
日本板硝子労組舞鶴支部の結成50周年記念事業で
大波街道に街灯設置、明るくなり安心して歩ける
 日本板硝子労働組合舞鶴支部(大塚一男支部長、組合員530人)はこのほど、支部結成50周年の記念事業として、府道野原港・高浜線の通称大波街道の歩道に街灯を設置し、京都府に寄贈した。歩道は中高校生や板硝子に勤務する人たちが自転車で通学通勤に利用しているが、街灯がなく夜間は暗く、地元から行政へ街灯設置の要望があった。照明で明るくなり安心して歩けると地元でも喜ばれている。  同社舞鶴工場が大波下に昭和27年に操業、同時に労働組合も結成され、2002年に50周年を迎えた。記念事業としてこれまでの歩みを記録した冊子を作成、このほかにも地域に還元できる事業をしようと企画を話し合ってきた。  マイカーで工場に通勤する人たちが通る大波街道沿いの歩道には街灯がなく、自転車で通勤したり学校へ通学する中高校生から夜間は暗くて危険という声があり、地元でも街灯の設置の要望を行政にしていた。大波街道の海上自衛隊舞鶴教育隊から舞鶴工場までの約2キロの区間には、同支部が1957年(昭和32)に230本の桜の苗木を植樹。いまでは立派な桜並木になっている。今回はこの街道沿いに街灯を設置することを決めた。  大波街道の歩道に沿って約1キロの街灯がない区間に設置。関西電力が撤去を決めていた電柱を残してもらい、20〜30メートル区間に立つ長い電柱を半分に切断した後、全部で20基の街灯を取り付けた。桜並木の景観に配慮して電気の配線はすべて地中に埋設した。総事業費は約100万円。センサーで夕方から翌朝まで点灯する。  大塚支部長は「車で通勤していると大波街道の暗さが分かりませんが、地元の人から安心して歩くことができるようになったと喜んでもらえました」と話していた。

写真=設置された大波街道歩道の街灯。同支部が昭和32年に植樹した桜も大きく育つ
2005年1月21日

「殺菌冷却海水・流動海水氷製造装置」
田井漁協が市内の漁協で初めて導入
 田井漁業協同組合(水上隆夫組合長)が、「殺菌冷却海水・流動海水氷製造装置」を市内の漁協で初めて導入し、今月から使用を開始した。汲み上げた海水を紫外線で殺菌して冷却させ、さらにシャーベット状の氷を製造する。出漁する漁船や出荷時のトロ箱にこの氷を使うことで、魚を傷つけずに急速に冷却できるため、鮮度保持が従来の砕氷に比べて高く、殺菌により食中毒の予防に効果を発揮するメリットがある。付加価値を高めた水産物の提供を目指す。  同組合は田井沖合に大型定置網2カ統を設置、カタクチイワシやマグロ、アジなどを水揚げする。特に冬場は昔からブリの好漁場として知られている。また、漁獲した魚を自ら干物に加工し販売もする。  従来は漁船のハッチに積み込んだブロック状の砕氷と冷海水で、漁獲した魚の鮮度保持をしていたが、ハッチ内で温度差が生じ鮮度にもムラがあった。また、出荷時にも鮮度を保つよう、トロ箱に淡水からできた砕氷を入れているが、氷が溶けだすと魚体が変色し、せり値に影響した。  鮮度保持を高めるのに、ここ2、3年で普及が始まったのが同装置。府内では2003年に伊根町漁協の本所など4カ所で導入された。田井漁協では1日に10トンの流動海水氷(フローアイス)を製造できる装置(幅約5.4メートル、高さ約2.6メートル、奥行き2.5メートル)を荷捌き施設内に設置。総事業費は約2700万円。この内、国と府、市で約7割を補助した。  ホースから海水を汲み、濾過・殺菌を経て冷却して貯水。その後、製氷ドラムで流動海水氷を製造し貯氷する。固い砕氷に比べ魚を傷つけず、自然の海水を使ってマイナス2度にまで凍らせた海水氷は、シャーベット状で全体をすっぽりと覆い、従来の砕氷より3、4倍も冷却速度が早く、2、3日経っても鮮度が落ちないとされる。  さらに、急激に冷却された魚は血を出すことで生き締めができ、生臭さを減らせることができる。ただ、魚種によっては急速冷却により色落ちするものもあるという。実際に船のハッチでこの氷を使う時には、水揚げ量を考慮しながら冷却海水を併用して使っている。ブリやマグロなどの鮮度保持に効果を見せている。  定置網漁を操業し同装置を運用する「田井水産有限会社」の田中康雄社長(48)は、「鮮度保持だけでなく、殺菌することで魚の安全性も高めることができます。今後はさらに装置の有効な利用を考えてきたい」と話していた。

写真左=魚の付加価値を高めるために導入した同装置
写真右=自然の海水から製造したシャーベット状の氷
大津波の被災者支援へ義援托鉢
スマトラ沖地震で舞鶴東仏教会が宗派越え
 舞鶴東仏教会(磯谷正弘会長、35カ寺)が、スマトラ沖地震による大津波の被災者を支援しようと、1月20日、市内の3カ所に分かれて義援托鉢を行った。宗派を越えて参加した各寺院の僧侶たちが寒風が吹く中、太鼓や自鈴を手に読経を唱えて歩き、市民らが義援金を寄せた。  臨済宗や浄土真宗などの寺院でつくる同仏教会は、毎年年末に歳末托鉢を実施している。昨年暮れの托鉢は、台風23号と新潟中越の被災者へ支援するため、托鉢金と各寺院からの義援金などを合わせ40万円を、日本赤十字社と市に届けた。  この日の托鉢には26カ寺の住職や副住職が参加。3カ寺に分かれて集合し、首から下げたずだ袋に「インド洋大津波義援托鉢」と書いた紙を張り、余部、浜、溝尻・行永地区をそれぞれ回った。浜地区では7カ寺院の僧侶らが網代笠を被り商店街を歩き、商店主や買い物客らから寄付を受けた。翌日、托鉢のお金と各寺院からの義援金を合わせ35万円を日本赤十字社へ送った。

写真=商店街を托鉢して歩く僧侶たち=浜で
2005年1月18日

元市議で元市社協会長
門脇さん、自分史まとめた冊子
 市議会議員や市社会福祉協議会会長などを務めた余部下の門脇春雄さん(86)が、自分史をまとめた冊子「門脇春雄の大衆に生きて」(B5判、95ページ)をこのほど作成した。島根県隠岐の島での少年時代から兵役の思い出、戦後の混乱の中で私設の公民館を開設したことなど、地域活動に情熱を燃やした人生を記録。市シルバー人材センター理事長の蒲田忠夫さんが、3年間にわたって聞き取り執筆した。  門脇さんは1918年生まれ。隠岐の島で9人兄弟の末っ子として少年時代を過ごし、19歳で姉が嫁いでいた舞鶴へ移り、長浜の海軍第3火薬厰に勤務。戦後は54年に市議会議員選挙に初当選し、7期28年間活動した。また、市社会福祉協議会会長などを務め、地域の社会福祉や青少年の健全育成に尽力。張りのある大きな声で率直に意見を述べることで知られ、いまも「カドさん」と親しまれている。  多くの人たちからこれまでの歩みをまとめることを勧められ、親交のある蒲田さんに取材と執筆を依頼。蒲田さんが門脇さんの生い立ちから最近の活動まで聞き取りまとめた。200部作成、その後に100部増刷し、世話になった人や知人らに配布した。  6歳の時に川に落ちて一命を取り留めたこと、松江連隊に入隊したが1人だけ指導員として連隊に残り、同年兵の仲間は全員旧満州へ出兵しノモハン事件で亡くなったことなどを記した。戦後は混乱期に地域社会の拠り所となる活動をしようと、私費を投じて公民館を開設したり、議員時代とその後の様々な地域活動や、海上保安学校への協力などのエピソードがまとめられている。  門脇さんは「亡くなった戦友たちの意志を引き継ごうとの思いと、母の『人に迷惑をかけるな』という言葉を守って生きてきた。振り返ると多くの方に支えられて感謝の気持ちでいっぱいです」と話していた。

写真=自分史「門脇春雄の大衆に生きて」を手にする門脇さん
3月5、6日に「麗花六重奏団」公演
市政記念館や宮津市で中国の伝統楽器奏でる
 社団法人京都府教職員互助組合は、3月5日に北吸の市政記念館で、同6日に宮津市のみやづ歴史の館で、「麗花六重奏団」の公演を開催する。中国の演奏家らが二胡や琵琶などの伝統楽器を奏でる。だれでも来場できる。参加費は500円。  同六重奏団は中国音楽大学出身で、中国文化芸術センター所属の演奏家六人で結成した。古筝や揚筝、二胡などの伝統楽器を演奏する。プログラムは「川の流れのように」「地上の星」「蘇州夜曲」など。5日と6日とも開演は午後2時。  同組合の組合員とその家族だけでなく、一般市民も来場できる。全席自由。希望者は事前に同組合事務局へ電話(075・771・6188)で申し込みを。ホームページでも受け付けている。満席になり次第締め切る。アドレスはhttp://www.kyokyogo.or.jp

写真=古筝や揚筝、二胡などの伝統楽器を演奏するメンバー
2005年1月14日

アトリエ兼ギャラリー、2月オープンへ
「みずなぎ学園」利用者の活動の場と作品展示
 鹿原の知的障害者授産・更生施設「みずなぎ学園」が、利用者のアート活動の場と作品を展示するアトリエ兼ギャラリーの開設に向け、準備をしている。障害者たちが陶芸や絵画、書などの制作に専念できる環境を整え、市民にも気軽に作品を鑑賞してもらおうというもの。敷地内の旧作業棟を改築して利用するが、事業所などが建材の無償提供や作業をボランティアでするなど協力している。「夢工房」と名付けた施設は2月にオープンの予定。  同学園の授産施設には68人が通所利用し、額縁製造やパン作りなどに取り組み、販売した売上金は賃金になっている。その中でも陶芸や絵画、縫製などのアート活動は自分たちの得意な素材に出合い、枠にとらわれない自由な発想の作品を生み出し、市内で作品展を開いてきた。また、更生施設の入所者も2年前から陶芸などの活動を取り入れ、ユニークな作品づくりをしている。  これまでアート活動は他の製品づくりもする第1作業棟の一角でしていたが、イメージを膨らませ制作に集中する環境づくりを検討していた。同時に多くの作品が倉庫に眠ったままの状態だったため、市民にいつでも観てもらえる会場の設置も夢に描いてきた。2003年11月には綾部市での合同作品展に出品したが、アート活動に力を入れる奈良市や大津市などの障害者施設の人たちの奇抜な作品に刺激を受け、具体化へ弾みとなった。  第3作業棟(鉄筋造り平屋建て)での粉石鹸の製造を中止したことから、その棟の半分のスペース(約72平方メートル)を活用。利用者たちが出向いて働く平の丸玉産業が計画の話を聞き、床材の提供と張り替え作業を、塗装業者が壁の塗り替えをいずれも無償でした。また、関西電力労働組合舞鶴支部が作品を照らすスポットライト八台を寄贈した。  改築工事は昨年11月からとりかかった。壁とテーブルに作品を並べ、展示板で仕切った空間で制作活動をする。支援職員の大東優俊さん(42)は「作品は自由さと力強さが魅力です。利用者たちがじっくりと制作でき、一番好きな場所になれば」と話していた。現在開設に向けて作品づくりをしており、協力してもらった関係者を招いてお披露目する。来場時間などは今後決める。

写真=2月の開設に向け作品が搬入された「夢工房」
シリーズ企画「思い出の引揚船」で模型展示
3月31日まで、舞鶴引揚記念館
 平の舞鶴引揚記念館で、引揚船「興安丸」などの模型や写真を展示したシリーズ企画「思い出の引揚船」が開かれている。3月31日まで。  舞鶴港には、昭和20年10月7日の引揚第1船「雲仙丸」から、同33年9月7日の最終引揚船「白山丸」まで、引揚船が346回入港。旧ソ連や中国から66万4500人の引き揚げ者と1万6000柱の遺骨を受け入れた。  祖国に帰還した引き揚げ者にとって、思い出深い引揚船を後世に残そうと、「モデルシップ友の会」(福山琢磨会長)が模型を制作、昭和62年に同記念館に寄贈した。企画展では、同会などから寄贈を受けた模型25隻のなかから常設展示しているものも含め十九隻をそろえて展示しているほか、当時の引揚船の写真なども併せて展示している。  舞鶴港に20回入港、引き揚げ者約1万8000人を乗せた「興安丸」の模型は、全長92センチ、高さ22センチ、幅12センチの大きさ。このほか、「高砂丸」(全長97センチ、高さ25センチ、幅13センチ)の模型など、いずれも精巧なつくりのものばかり。見学に訪れたひとたちは、足を止めて見入っていた。  同記念館の開館時間は午前9時〜午後5時、入館料は大人300円、小学生から大学生150円。期間中は無休。

写真=展示されている引揚船「興安丸」の模型
2005年1月11日

松尾寺・松尾住職が執筆、本出版
『歌僧 天田愚庵【巡礼日記】を読む』
 西国二十九番松尾寺の松尾心空住職(76)が、『歌僧 天田愚庵【巡礼日記】を読む』(四六判、263ページ、すずき出版)をこのほど出版した。愚庵(1854〜1904年)は、清水次郎長の養子となり、正岡子規が教えを受けるなど波乱の人生を歩んだ禅僧。西国巡りなど徒歩巡礼7000キロに及ぶ松尾住職が、愚庵の西国巡礼の日記を読み解き、愚庵が親の姿を求めて旅立った心の軌跡をたどった。  松尾住職は四国八十八カ所などこれまでに7000キロを歩いた。特に西国札所巡りは、昨年6月から12月にかけて法灯リレー西国徒歩巡礼を踏破し、5周目の巡礼を終えた。愚庵の存在を知ったのは約十年前。愚庵が日記に記した同寺大師堂を調べるために訪れた福島県の愚庵研究家から教わった。自身の巡礼体験と愚庵の巡礼日記が重なり、彼の魅力に引きつけられた。  現在は無名の存在に近い愚庵だが、幕末・明治の政治家の山岡鉄舟に師事、養父の次郎長の一代記『東海道遊侠伝』を書き、講談や浪花節に登場する次郎長像の元になっている。また、夏目漱石は彼の詩才を讃えた。その一方、京都清水に庵を構えた生活は清貧を旨とし、歌壇や宗教界に与せず生涯孤高を貫いた。  愚庵は15歳の時、戊辰の役に参加したが、両親と妹を見失い、それ以後はその姿を捜し求めたとされる。西国巡礼に旅立ったのも「我が心中に親の姿を求むべき」とあり、1893年(明治26)9月から93日間かけて歩いた。その旅を翌年に『巡礼日記』として出版し、「明治の奥の細道」と評価する声もあった。  松尾住職は同日記の親を思う心に焦点を当て、西国巡礼による父母孝養を願って執筆。愚庵が松尾寺を訪れた際の様子をフィクションで再現したり、日記中に詠んだ詩歌からその心の軌跡をたどった。また、日記の妙録も掲載した。松尾住職は「巡礼によって愚庵をはじめ多くの出会いがあってうれしい。本が愚庵の再評価にもつながれば」と話していた。1冊1700円。書店で発売中。

写真=出版した本を手にする松尾寺・松尾心空住職
きぬかわさんの重厚で迫力ある絵画展
2月末までの土・日曜日、「カサマン」
 西神崎在住の画家、きぬかわことみさんの絵画展が、浜のアートギャラリー「カサマン」で1月8日から始まった。会場の広い空間を活かし、これまで目に触れる機会の少なかった大作を展示している。重厚で迫力ある作品が来場者を魅了している。入場無料。展示は2月末までの土・日曜日。  きぬかわさんは舞鶴に転居してから画家として活動を始めて約18年になる。由良川河口の神崎にアトリエを持ち、そこをギャラリーとしても開放している。色彩感ある草花や様々な技法を凝らした半具象画など、イマジネーションあふれ、テーマ性をもった作品を作り、個展を開催してきた。  今回は昨年、村山光子さんが元シューズ店を改造した土・日曜の週末だけのアートギャラリーを会場にした。出品したのは80号の大作2点、50号など油絵と水彩画の21点。これまでに描いたものの中で、スペースがなくあまり紹介できていない大作のほか、干支の酉年にちなんだ小品を展示した。アトリエから見える松の雑木林を赤を主体に描いた「赤い森」、人物を書き込んだ「レインウーマン」などがある。  きぬかわさんは「広くゆったりした空間で大作が展示でき、鑑賞もゆっくりとできる会場です」と話していた。時間は正午〜午後6時。コーヒー(250円)もある。

写真=出品されている80号の油絵
2005年1月7日

吉坂の「舞鶴だちょうらんど」
ダチョウ、元気に育ち人気集める
 吉坂の国道27号沿いで、ダチョウ10数羽が飼育されている。南アフリカ生まれだがすっかり舞鶴の気候にも慣れ、体長は約2.4メートルにまで育った。夏には多くの親子連れらが柵越しに見学する人気を集めている。今年は酉年。「舞鶴だちょうらんど」代表の谷口茂樹さん(53)=小倉=は「元気に育ってほしい」と成長を見守っている。  ダチョウは飛ぶことはできないが地上を時速65キロで走ることができる草食の鳥類。その肉は牛肉に近い赤色で脂が少ないヘルシーな食肉として、欧米では牛・豚肉と並びポピュラーとなっている。焼肉、ステーキなどにして食べる。また、皮はオーストリッチと呼ばれる高級品で靴や財布などに利用。さらに、羽は埃をとるダスターやインテリアに加工されている。  その卵はニワトリのものの25個から30個分もあり、重さは約1.5キロ。中南米では「大きな希望」を表すものとして、結婚式の贈り物にも使われる。中身を食べた後は、殻に絵を描くエッグアートの作品にもなり、人気を集めている。  土木・砕石業などを営む谷口さんは、ダチョウの肉がおいしいとの話から食肉を販売しようと、2002年に生息地の南アフリカから生後1カ月のダチョウ20数羽を輸入してスタートさせた。現在は北海道や兵庫県など、日本各地で総数約1万羽が飼育されているという。  国道沿いに柵で囲った約1700平方メートルの飼育場を整備した。ほとんど鳴かず糞もあまり匂わず、人にも慣れて飼いやすく、いまはオスは体重約120キロ、メスは約100キロにまで育った。口コミで知られるようになり、夏場で多い時には1日に約100人が見学に訪れた。すでに成鳥だが無精卵しか産まず、有性卵を産むには生後3、4年かかる。  南アフリカから輸入したダスターなどをとれとれセンター道の駅で出品するほか、だちょうらんどで食肉を販売する。卵は予約で1個約5000円、殻1個1500円〜2000円で売る。また、絵を描くなどしたエッグアートも制作している。谷口さんは「将来的には卵からひなを孵化させて育て、食肉にして販売もしていきたい」と話していた。
【問い合わせ】電話64・7716、だちょうらんど。

写真左=体長2メートルにまで育ったダチョウ
写真右=卵の殻に絵を描いたエッグアート作品












赤煉瓦倶楽部舞鶴の「舞鶴赤れんが賞」
ヒロベ薬局倉庫など3件が受賞
 魅力的な都市景観の形成に寄与している赤煉瓦の建築物を表彰する「NPO法人赤煉瓦倶楽部舞鶴」(松井功理事長)の平成16年度「舞鶴赤れんが賞」の受賞物件3件が決まった。  「赤煉瓦を生かしたまちづくり」への市民の参加意識の高揚を図ることなど目的に、同倶楽部が設けた表彰制度で、今年度で2回目。今年度は7件の応募があり、京都工芸繊維大学の日向進教授を選考委員長に選考した。  受賞物件は、ヒロベ薬局倉庫(浜)▽市道北吸桃山線▽赤れんが倉庫七号倉庫(北吸)。昭和13年建築のヒロベ薬局倉庫は、東地区市街地の数少ない赤れんが建物で、独特の景観を形成している。市道北吸桃山線は、れんが舗装され、自転車歩行者用道路として親しまれており、れんが造りの北吸トンネルもある。7号倉庫は、昨年の赤れんがフェスタで、ビアレストランなどとして一般開放された。  表彰式は1月16日、同倶楽部事務局で行われ、市内在住の陶芸家、鉄尾伸介氏が制作した陶製の銘板を贈る。

写真左=ヒロベ薬局倉庫(浜)
写真中=市道北吸桃山線
写真右=赤れんが倉庫7号倉庫(北吸)
サイトマップお問い合わせメールマガジンお申込み
当サイトに掲載されている情報・画像を、無断で転用・複製することを禁じます。
Copyright © maizurushiminshinbun all rights reserved.