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2005年11月29日

西地区商店街「ゑびす市」で西高生たち
パキスタン地震被災者支援へ募金活動
 引土の西舞鶴高校の生徒たちが西地区商店街のゑびす市に合わせ、11月26日、円満寺の西市民プラザで、パキスタン地震の被災者を支援するための義援金の募金活動をした。写真部やボランティア部などが作ったポストカードやケーキなどを販売して収益金に当てたほか、にぎわう商店街を歩いて募金を呼びかけた。  西高では昨年初めてゑびす市の会場で、日ごろの授業やクラブ活動の成果を発表しようと、作品の展示やコーヒーの提供などをした。作品を販売した収益金は台風23号の義援金として寄付した。  商業科と生徒会役員の生徒たちが、真名井の清水で入れたコーヒーを販売。写真部が自作の写真をポストカードにしたり、生徒たちがイラストを描いたイラスト、料理部によるクッキーなどを販売した。また、手芸部の部員らが訪れた子供たちに、タオルのぬいぐるみづくりを教えた。  ボランティア部部長の坂根愛さん(2年)は「地震の被災者に直接何かすることはできないですが、これを機会に関心を向けてもらえれば」と話していた。7万5904円を寄付した。

写真=イラストを描いたしおりを販売する生徒
憧れの元プロ野球選手が小学生指導
日本ハム「ジュニア野球教室」
 プロ野球の北海道日本ハムファイターズ「ジュニア野球教室」(さとう、日本ハム主催)が11月27日、伊佐津の西運動広場で行われた。市内の少年野球14チームから小学生210人が参加、憧れの元プロ野球選手から指導を受けた。  ファイターズが、野球の振興とファン獲得のため、全国各地で開催している教室。近畿北部をエリアとするスーパー「さとう」と同球団の親会社日本ハムの主催で、舞鶴では初めて開かれた。  野球教室では、ファイターズなどで活躍した元プロ野球選手で、現在は同球団職員の白井康勝さんと荒井昭吾さんが、コーチを務めた。投手だった白井さんが、キャッチボールでボールの握り方、投げ方、打撃練習では、内野手だった荒井さんが、バットの振り方などを1人1人にアドバイスした。  指導を受けた南舞鶴スポーツ少年団の遠藤凌君(11)=倉梯小6年=は「自分の良い点や悪い点を教えてもらった。うれしかった」と喜んでいた。選手たちは、この後、伊佐津川河川敷で開かれた「バーベキューパーティー」を楽しんだ。

写真=バットの振り方を指導する荒井さん
2005年11月25日

舞鶴高専がロボコン全国大会へ
2年ぶり8回目、技術と性能競い合う
 舞鶴高専(小野紘一校長)の学生チームが、12月4日、東京・両国国技館で開催される「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト2005全国大会」に出場する。近畿地区代表として、2年ぶり8回目の出場で、全国各地区代表25チームとロボット製作の技術と性能を競い合う。  学生チームは「電子制御研究会」のメンバーで、同研究会部長の電子制御工学科3年、古井将太さん(19)がリーダー。製作したロボットは「鶴」の字を7つ重ねた「サンカクシカク」。10月30日に奈良県大和郡山市で開催された近畿地区大会で準優勝して、全国大会の出場を決めた。  今年のロボットコンテストの競技テーマは「大運動会」で、ロボットが障害物競走を行う。まずリモコン操縦の手動ロボットが、バトンを持ってスタート。はしごの中をくぐって平均台を渡り、ハードルを越える。この後、自動ロボットにバトンを渡し、自動ロボットは、突起の付いた垂直の壁を登り、頂上の穴にバトンを差し込んでゴールする。各地区大会で、制限時間3分内に、ゴールしたロボットは1チームだけだったという。  「サンカクシカク」は、手動の「サンカク」、自動の「シカク」の2台で、電子制御工学科3年の清山健太さん(18)と同2年の横山栄太朗さん(16)が、それぞれ設計を担当した。ロボットコンテストの開催要綱が決定した今年4月下旬から、ロボットの設計と並行して製作を進めたという。  古井さんは「障害物をすべてクリアできるよう直感的なアイデアのロボットを製作しました。近畿大会で平均台に上る時に不具合があり、全国大会に向けて改良しています」と話す。舞鶴高専は、これまでの全国大会でベスト4が最高。これを上回る結果をめざしている。  11月22日、古井さんらは市役所を訪れ、江守光起市長に、全国大会への出場を報告した。

写真=ロボコン全国大会に出場する学生チーム「電子制御研究会」のメンバー
陶芸仲間の歯科医3人が作陶展
11月28日までサンムーン
 陶芸仲間の市内の歯科医の3人が、「かずぼう窯」作陶3人展を浜のギャラリー・サンムーンで開いている。キャリア20年や1年など様々だが、互いに競い合って制作に励み、造形やアイデア、色彩に3人の個性が光る作品となっている。センスのいい作品からは物づくりの楽しさが伝わる。11月28日まで。  内藤一茂さん(56)=浜=が、約20年前にプロに教わり、12年前には診療所横にガス窯と作業場を設けた。昨年秋、松代隆良さん(55)=倉梯町=と、形に残せる趣味を探していた畑東海男さん(61)=森町=が、内藤さんの窯に集まり週1回の陶芸教室を開始。作陶を再開した松代さんが「何か目標がないと」と漏らし、すぐさま畑さんがギャラリーに予約を入れた。  内藤さんは皿などの食器、仮面、土偶など多彩な作品を400点以上出品した。深海をイメージした幻想的な灯の作品などもある。松代さんは、野鳥の給食棟と名付けた自動的にエサが出てくる作品を作った。畑さんはシルクロードからインスピレーションを受け、楼蘭の遺跡を描いた大皿など、土の色を活かした白と黒のツートンカラーの作品を仕上げた。  仕事や遊び仲間でもある3人は「3人だからこそ、互いに刺激し合って作品展にまでこぎつけた」と話していた。入場無料。午前10時〜午後7時。 【問い合わせ】電話63・4858、サンムーン。

写真=作品を前にする松代さん、内藤さん、畑さん(左から)
2005年11月22日

日星高卓球部が府大会で3冠、近畿大会へ
団体・ダブルス・シングルで優勝
 上安久の日星高校(北村司郎校長)卓球部が、このほど開かれた京都府高等学校秋季卓球選手権大会の女子学校対抗(団体)と同ダブルス、同シングルで、全て優勝する3冠を達成した。同部にとって初の快挙。団体と単は2年連続の優勝。チーム一丸となって練習してきた成果を出し、複・単は1、2位を独占する活躍で、次の近畿大会には団体、複3ペア、単3選手が出場する。波に乗って近畿大会でも全国への出場権を目指して上位を狙っている。  学校対抗では決勝で強豪高、華頂高校と対戦し、シングルス2戦とダブルス1戦を取って優勝。華頂には昨年の同じ大会で勝って以来、3大会続けて負けており、1年ぶりにライバル校に勝利した。  ダブルスの決勝は日星ペアの対戦となった。松尾宏美選手(2年)と宮崎里映選手(同)のペアが、植山実穂選手(同)・上田萌選手(1年)ペアを3―2で破った。また、近畿代表決定戦では日比亜紀奈選手(2年)と桟早紀選手(1年)ペアが勝って、3ペアが近畿大会出場を決めた。シングルスの決勝も日星対決となり、植山選手が上田選手を3―0で破って、2年連続優勝した。植山さんは5試合戦って、1セットしか落とさない強さを見せた。  主将の松尾選手は「絶対に優勝しようと試合前から気持ちを高め、部員全員が気持ちを一つにできた。近畿大会では団体で優勝、単・複はこれまで以上の成績を目指したい」と話していた。同部顧問代表の谷上宏樹教諭は「いままでにないほど練習をし、それが支えになった。今回の成績は自信につながり、次の目標に向かってがんばってほしい」とエールを送る。近畿大会は12月26日から大阪市中央体育館で開かれる。

写真=3冠を達成した卓球部の選手たち
引き揚げの歴史を紙芝居に
「語り部の会」子供向け体験講座
 引き揚げの歴史を学ぶ子供向けの体験講座(市教委など主催)が11月19日、平の引揚記念館で開かれた。同記念館「語り部の会」の会員が祖父とその家族の体験を基に紙芝居に製作し、受講した親子約30人に引き揚げを物語にして伝えた。今後も各地の小学校などで紙芝居を披露し、引き揚げを知ってもらう機会に活用したいという。  市教委が昨年開いた引き揚げの語り部養成講座を修了した市民で同会を結成し、今年から同記念館でガイドをしている。その会員の1人、高橋潤さん(27)=宝塚市=が記念館以外の場所でも引き揚げを語り継ぐ活動をしようと、紙芝居「おぼん」の作成を思いついた。  物語はシベリアに抑留された父とその帰りを待つ家族の物語。抑留体験のある高橋さんの祖父と家族がモデル。絵は高橋さんの従姉の星美佐さんが描いた。同記念館前のテントの会場で、おぼんが1歳の時に父が戦争に行って5年が過ぎ、父の消息が伝わり帰りが確実になった日、おにぎりを持って出迎えたなどを、絵と抑揚を付けて語った。  その後、受講者らは語り部の会会員たちから記念館の展示品の説明を受けたり、引き揚げ当時の子供たちが食べた蒸かしいもを口にしながら話し合った。受講した倉梯小学校6年生の高家実玖さんは「学校で学べなかった引き揚げの歴史を知ることができました」と話していた。

写真=親子らに紙芝居を上演する作者の高橋さん
2005年11月18日

井上選手(東高)らが優勝など大活躍
近畿高校定通制陸上競技で
 第41回近畿大会高等学校定時制通信制課程体育大会陸上競技が、このほど尼崎市の尼崎記念公園陸上競技場で開かれた。東舞鶴高校浮島分校の3年、井上拓磨選手が男子走り幅跳びで優勝、同校1年の嵯峨根裕希選手が女子走り幅跳びで準優勝した。2人とも自己ベストを更新。また、西舞鶴高校通信制の2年、大江佑樹選手が男子砲丸投げで優勝、走り幅跳びで3位だった。大江君は今年、全国、近畿、京都大会と全て優勝で飾った。  夜間定時制の同分校からは、京都府大会で上位入賞した6選手が近畿大会に7種目で出場。和田中で陸上部だった井上君は、仕事が早く終わった日は練習環境が整う東高本校で練習したり、午後9時の授業終了後に神社の階段で走り込むなどした。京都府大会では2位、近畿大会では昨年の優勝者の記録を超える5メートル90で優勝。井上君は「目標の6メートルに近づけた。次は超えたい」と話していた。  嵯峨根さんは城北中陸上部時代に砲丸投げで全国大会に出場した。仕事を終えて登校し練習できない中、京都大会で優勝し、近畿大会では4メートル50で2位。嵯峨根さんは「自己ベスト更新はうれしいけれど、1位とは8センチの差だったので悔しい。分校で練習場があれば、夜に練習に取り組みたい」という。  夏の全国大会砲丸投げで優勝した大江君は、京都大会と近畿大会でも優勝した。

写真左=男子走り幅跳びで優勝、女子走り幅跳びで準優勝の表彰状を手にする東高浮島分校の井上君と嵯峨根さん
写真右=男子砲丸投げで全国、近畿、京都大会と全て優勝で飾った西高の大江君
浮島丸事件追悼に力を尽くし
ソフトテニス振興も、野田幹夫さん逝く
 携帯電話の着信音が鳴る。「全国大会の出場が決まったよ。子供たちよーがんばったよ。写真撮りにきてもらえんか」。耳元から聞き慣れたしわがれ声が届く。小中学生のソフトテニスクラブ「舞鶴ひまわりクラブ」代表の野田さんからの電話だ。子供たちへの応援で声を嗄らしていた。  同クラブは高校や大学の全国大会で活躍する選手を輩出する。その全ての選手が野田さんの叱咤激励を受けてきた子供たちばかりだ。クラブ設立に関わった故加藤為吉さんとともに舞鶴のソフトテニスの振興に力を尽くした。  元青葉中学校校長の野田さんが、スポーツとともに教員時代から取り組んだのが、浮島事件の犠牲者の追悼である。日本人生徒による在日韓国・朝鮮人の生徒らに対する差別問題に直面したのを契機に、日本と朝鮮半島の歴史を学び、終戦直後に舞鶴湾で起き、朝鮮人らが犠牲になった浮島丸事件を知る。  追悼の碑の建立のため募金集めに奔走した。犠牲者らの苦しみを表現した碑は78年に完成。当初の構想では抽象的なモニュメントだったが、野田さんが「お墓を作るんじゃないんだ」と一喝した。長らく須永安朗さんとほぼ2人で追悼集会を仕切り、2人が顔を揃えると「浮島丸のことですね」と市民に浸透するまでになった。  50年目。事件を題材とした映画「エイジアン・ブルー」が完成し、集会への参加者が増える。韓国や中国でも上映が実現し、韓国市民とも交流が始まる。戦後60年の今年は韓国・中国の研究者を招いてのシンポジウム、駐大阪韓国総領事から感謝状が贈られた。浮島丸殉難者を追悼する会会長として、その任を全うして歩んだ。  最後まで気さくな笑顔と追悼にかける思いは尽きなかった。面倒みのよさと自分を語らない人柄が多くの人の記憶に残っている。ソフトテニスと追悼のバトンを野田さんは渡した。心からご冥福をお祈りします。  野田幹夫さんは11月6日、死去した。78歳。

写真=今年8月24日の浮島丸事件追悼集会参加者との交流会で笑顔をみせる故野田幹夫さん
2005年11月15日

骨髄バンク運動支援へ上映会
12月4日、市民会館で映画「火火」
 女性陶芸家の草分けで、骨髄バンクの立ち上げに尽くした神山(こうやま)清子さんをモデルにした映画「火火(ひび)」(高橋伴明監督)の上映会が、12月4日午後1時半から、北田辺の市民会館で開かれる。信楽で陶芸の道を一心に歩み、白血病の息子を励ましながら力強く生きる女性の姿を描く。病気の子供たちを見守った元看護師や骨髄バンク運動を進める市民らが上映に取り組む。収益金は骨髄移植推進財団に寄付する。  1936年生まれの神山さんは信楽の自宅に穴窯を築き、釉薬を使わない自然釉の復元に挑んだ。夫と離婚し女性の窯元が認められない中にあって、失敗を繰り返しながら5年の歳月の末、緑色のビードロに輝く作品を完成させ、全国で個展を開いて高い評価を受けた。  同じ陶芸の道に進んだ長男の賢一さんが、27歳で白血病を発病。公的骨髄バンクがない時代だったため、親子と友人らで骨髄提供者を探す運動を始め、後の骨髄移植推進財団の設立に大きな力になった。しかし、賢一さんの適合ドナーは見つからず叔母から移植を受けたが、再発して31歳で亡くなる。現在、清子さんは作陶を続ける一方、同じ患者と家族の支援を続けている。  同財団の今年9月末のまとめでは、ドナー登録者は21万8036人、患者登録者は3035人。これまでの非血縁間の移植実施数は6785例。骨髄移植には患者と提供者の白血球の型の一致が必要だが、非血縁間では数百人から数万人に1人と言われ、同財団はドナー登録者30万人を目指している。  田中裕子さんと窪塚俊介さんが神山さん親子を演じた「火火」は昨年完成し、各地で自主上映の形で広まってきた。国立舞鶴病院小児科病棟で、子供たちの看護に尽くした元看護師の西村佳子さんが映画で賢一がドナー登録を語りかける姿に共感し、舞鶴で骨髄バンク運動を進める「きりんの会」メンバーらと実行委員会を作って、上映と運動の支援に取り組むことにした。  料金は一般1000円、18歳未満500円、当日は各300円増し。チケットはギャラリー・サンムーン、市民会館、総合文化会館などで発売中。
【問い合わせ】電話63・4858、サンムーン。

写真=映画「火火」の1シーン(シネマ・ワーク提供)
お年寄りたちに箏の演奏や演劇披露
和田中2年生が「アザレア舞鶴」訪問
 和田中学校(福島治校長、生徒172人)の生徒たちが11月10日、和田の介護老人保健施設「アザレア舞鶴」を訪問し、お年寄りたちに箏の演奏や演劇を披露するボランティア活動をした。  2年前にアザレア舞鶴が開設されてから、同校の生徒会を中心に同施設の祭りで模擬店の手伝いをしたり、2年生が職場体験活動をするなど交流を続けている。  この日は、文化祭で発表した出し物を演じた。選択科目で学ぶ11人が箏で「さくらさくら」などを演奏。続いて2年生15人が、困難な運命に向き合って生きる勇気をもつまでを描いた劇「グッドバイ・マイ…」を演じて、お年寄りから拍手を受けた。

写真=箏の演奏をする生徒たち
2005年11月11日

視覚障害者のためのアイグッズ展
11月27日、市身障センターで
 NPO法人・視覚障害リハビリテーションネットワーク(事務局・亀岡市、吉岡市次郎理事長)が、11月27日午前10時〜午後3時、余部下の市身体障害者福祉センターで、第5回アイグッズ展を開く。舞鶴では初めての企画。視覚障害者のための音声電卓など約300点を展示する。盲導犬のデモンストレーションもする。だれでも来場できる。入場無料。  2003年に設立した同ネットワークは、京都府北部の視覚障害者を対象に、歩行訓練士が週1、2回訪問して在宅での歩行や日常生活などの訓練事業、相談事業などに取り組む。現在は15人に訓練を実施している。  視覚障害を理解してもらう啓発活動として、グッズ展を各地で年2回開いている。舞鶴では身体障害者手帳を所持する視覚障害者は449人(2004年)おり、同センターでの創作教室に参加する。しかし、日常生活の中で不自由を補うための多くの製品を、手に取って触れる機会はない。  音声血圧計、拡大読書器などのほか、専用機器ではなく一般に市販されているアイデア商品も展示する。また、相談コーナー、聴力検査、盲導犬の体験コーナーもする。歩行訓練士の武内清さんは「ワンタッチで針に糸を通せる道具など、だれにでも使いやすいものもあります」と話していた。体験コーナーは事前の申し込みを。
【問い合わせ】電話63・3008、同センター。

写真=拡大読書器などのアイグッズ
(財)有本積善社が2団体に活動資金贈る
舞鶴の文化・スポーツの振興へ各10万円
 舞鶴の発展に多大な貢献をした有本國藏翁(1860〜1944)ゆかりの財団法人有本積善社(有本嘉兵衛理事長)は11月10日、舞鶴の文化・スポーツの振興を図るため、青葉山レインジャー隊(荒木邦雄隊長)とニュー・サウンズ・オーケストラ(糸井祥巳バンドマスター)に活動資金として、それぞれ10万円贈った。  有本積善社は、明治時代に大阪に出て、洋服業で成功を収めた有本翁と、同じく京都で成功した兄で、有本理事長の曾祖父の嘉兵衛翁が、私財を投じて昭和2年に設立した。戦前は傷痍軍人らの福祉に、戦後の昭和30年から育英資金などに役立てられた。  最近新たに文化・スポーツの振興を図るため、各種団体を支援することを決め、理事や評議員らが自然保護活動を続けている青葉山レインジャー隊と、11月19日に市民会館で31回目のコンサートを開催するニュー ・サウンズ・オーケストラを選んだ。昨年に贈呈する予定だったが、昨年は台風23号の復興支援に役立てたため、今年に1年先送りされていた。  贈呈式は、南田辺の西総合会館内の有本記念室であり、有本理事長から荒木隊長と糸井バンドマスターに手渡された。荒木隊長は「隊員の後継者の育成に役立てます」、糸井バンドマスターは「楽譜が高価なため、その購入資金にします」と感謝していた。

写真=有本理事長から活動資金を受ける荒木隊長(右)と糸井バンドマスター(中央)
2005年11月8日

本社など後援「舞鶴市民俳句大会」
兼題の部で高橋さん(森)に市長賞
 第56回舞鶴市民俳句大会(舞鶴俳句協会主催、舞鶴市民新聞社など後援)が11月6日、浜の市商工観光センターで開かれ、兼題の部で高橋美智子さん=森=の作品「虫送りむかし一揆の馳せし村」が、舞鶴市長賞を受賞した。  俳句大会には、市内の俳句愛好者ら約50人が参加。前もって投句した作品の兼題の部と、当日に周辺の景色などを属目して詠んだ作品の席題の部で、それぞれ俳句の出来を競った。  兼題の部には、300句の投句があり、俳句協会員らが、それぞれ優秀句を選んで入賞作品を決めた。また、席題の部では、参加者が1人2句を詠んで90句を提出、この作品を互選して点数を付け、得点の高い順に入賞作品を決めた。最高点を取った南うみをさん=安岡=の作品「掌のぬくみのこる木の実をもらひけり」が、舞鶴市議会議長賞に輝いた。  表彰式では、舞鶴俳句協会の浜明史会長から入賞者に賞状とトロフィー、記念品などが贈られた。
 舞鶴市長賞、同市議会議長賞を除く、各賞の入賞者は次の皆さん。
 【兼題の部】舞鶴市教育委員会賞=三ツ谷松子(行永)▽舞鶴市民新聞社賞=木船史舟(溝尻町)▽俳人協会両丹連絡会長賞=広瀬久野(行永)▽舞鶴俳句協会長賞=早川ともえ(溝尻)
 【席題の部】舞鶴市文化協会長賞=高井教夫(竹屋)▽京都新聞社賞=大槻あやの(魚屋)▽俳人協会両丹連絡会長賞=三輪恒子(長浜)▽舞鶴俳句協会長賞=杉村千賀子(高野由里)

写真=舞鶴市長賞を受ける高橋さん
吉原地区で大注連縄づくり
水無月神社で例年より早く迎春準備
 吉原地区の人たちでつくる「吉原大注連縄(しめなわ)会」(長崎忠雄会長)が、市内の神社に掛ける大注連縄づくりに取り組んでいる。東吉原の水無月神社に集まっての作業は、すっかりこの季節の風物詩の風景。今年は例年よりも10日も早く最後の仕上げが進んでいる。来月に各神社に出向き、新しい大注連縄に掛け替えて迎春準備も本格化する。  漁師や水産加工業者が多い吉原地区で、漁の操業の安全と大漁を祈願して、注連縄づくりを始めたとされる。長年、朝代神社や大川神社など西地区の神社に奉納していたが、きれいに仕上げられた大注連縄が評判となり、いまでは東や大浦地区の神社からの依頼も増えてきた。漁業者と縁の深い松尾寺にも奉納している。  九月末ごろから青井や上福井などの農家からもち米の藁(わら)を手に入れ、きれいに揃えた。その後、男性の会員らが早朝から水無月神社で、3束の藁を1本により上げる作業をし、約8メートルの大注連縄約60本を10月末に完成させた。11月5日は、女性会員らも合わせ18人が集まり、大注連縄の余分な藁をハサミで切るひげ切りという仕上げに取り組んだ。  女性らはハサミを動かしながら「1年は早い」とおしゃべりも楽しみながら、今年も健康で作業ができたことを喜び合っていた。舞鶴の底曳漁船で最年長船長の長崎さんは「時間がある時に作業をしようと集まっていたら今年は早くなった。12月中旬ごろから掛け始める」と話していた。

写真=仕上げのひげ切りをする「吉原大注連縄会」の人たち
2005年11月4日

朝代神社秋季例祭に合わせ
「吉原の太刀振」4年に1度の奉納
 朝代神社秋季例祭に合わせ、市指定文化財になっている吉原の太刀振が11月3日、朝代神社や南田辺の舞鶴公園御旅所前などで奉納された。4年に1度の奉納で、吉原の青少年らが息の合った7つの型を熱演し、見物客から拍手を受けた。  吉原の太刀振は、関ケ原合戦時の田辺籠城戦で西軍に包囲された際、功のあった吉原漁民に許した武道の型を伝えたものという。府の登録無形民俗文化財にも指定され、吉原太刀振保存会(嶋田勉会長)が伝承し、今年は8月から小学生や青年らが練習に取り組んできた。  祭礼の神幸行列が巡行した舞鶴公園では、小雨が降る中、2人1組が野太刀などの型を気合の入った掛け声とともに演じた。この日は5カ所で演技を披露した。

写真=息の合った演技をする大薙刀の2人
赤れんが倉庫群に映画ロケ隊
来年6月公開の「バルトの楽園」
 第1次世界大戦で捕虜となったドイツ兵たちと日本の捕虜収容所長、市民らとの交流を描く映画「バルトの楽園(がくえん)」(出目昌伸監督)のロケが、このほど北吸の赤れんが倉庫群で行われた。  映画は、1915年に中国・青島で捕虜となったドイツ兵たちが、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所で、松平健さんが演じる収容所長から人道的な扱いを受けるなかで、日本で初めてベートーベンの「交響曲第9番」を演奏するという史実に基づくストーリー。  舞鶴ロケでは、エキストラやスタッフら約270人が参加。青島から移送されたドイツ兵たちが、最初に収容された福岡県の久留米俘虜収容所に到着、同収容所長役の板東英二さんが会見するシーンが撮影された。軍服を着たドイツ人エキストラたちが、勢ぞろいした場面では、冬の季節感を演出するため、撮影スタッフは洗剤を使って雪に見立てた泡を飛ばしていた。  この後、撮影は鳴門市で行われ、映画は来年6月に公開される。

写真=ドイツ兵捕虜が収容所に到着したシーンを撮影
2005年11月1日

チボリ・ジュニア・サクソフォン・コンクール
表現力豊かに田中さん(倉梯第二小)2位に
 倉梯第二小学校5年生の田中すみれさん(10)が、10月に倉敷市で開かれた「第一回チボリ・ジュニア・サクソフォン・コンクール」(倉敷チボリ公園主催)の小学生の部で、2位に輝いた。JEUGIA西舞鶴センターの音楽教室で、演奏家の永井実穂さん(32)=溝尻町=から指導を受けている。小学生では珍しいサックスだが、2年半の間にめきめき上達した。  同コンクールはソロの自由曲をピアノ伴奏で演奏する。全国規模のコンクールでジュニアを対象としたものは珍しいという。小学生の部には全国から8人が出場。田中さんはベートーベン「メヌエット」、スコットランド民謡「アニーローリー」を演奏し、審査員から表現力の豊かさと音のよさを評価された。  田中さんは、ニュー・サウンズ・オーケストラのコンサートで、女性がサックスを演奏するのを見て憧れ、小学3年生で音楽教室でサックスを学び始めた。教室講師の永井さんは、東舞鶴高校吹奏楽部でサックスを演奏し、作陽音楽大学に進学。4年前に故郷の舞鶴を拠点に演奏活動のほか、北近畿でも数少ない指導者として活躍している。同オーケストラにも所属する。  田中さんは「2位はうれしい。演奏している時が一番楽しく、いつかはジャスを演奏したい」と話していた。永井さんは「すみれちゃんは表現力の豊かさが持ち味。ここ1年で肺活量も大きくなり、息の使い方も上手くなってきた」という。  ニュー・サウンズ・オーケストラの31回目のコンサートは、19日午後7時から北田辺の市民会館で。ジャズボーカルの金子晴美さんをゲストに迎える。前売り1300円。
【問い合わせ】電話75・2636、糸井さん。

写真=永井さんの指導でサックスを演奏する田中さん(右)
講演「いっぺんきりの命をともに」
骨髄バンク設立に尽力、神山さん(信楽町)
 女性陶芸家の草分けで、骨髄バンク設立に尽力した信楽町の神山(こうやま)清子さんが10月28日、行永の倉梯小学校で、「いっぺんきりの命をともに」と題して講演した。同校PTAなどの主催。復元した自然釉(ゆう)の作品づくり、白血病で亡くした息子の闘病生活などを語った。神山さんの実話に基づいた映画「火火(ひび)」が12月4日、市民会館で上映される。  神山さんは1936年、佐世保市生まれ。信楽で女性の窯元が認められなかった時代、釉薬を使わずに碧色のビードロに輝く自然釉を五年をかけて完成させた。同じ陶芸の道に入った息子・賢一さんが白血病を発病。2人は骨髄提供者を探し運動を全国に広げ、骨髄バンク設立の大きな推進力になった。賢一さんは31歳で亡くなったが、清子さんは現在も運動を続けている。  講演会には児童や市民らが来場、会場には自然釉と賢一さんの遺作が展示された。貧しく差別を受けた子供時代を振り返り、得意な絵を先生に認められ、陶芸の道へ進んだ。自然釉との出会いを語り、作品の数々と製作過程、そして賢一さんの闘病生活を映像で紹介。最後に「希望を持って努力をし、強く生きて下さい」と結んだ。  市民でつくる上映実行委員会(西村佳子代表)主催の「火火」(高橋伴明監督)の上映会は12月4日午後1時から。収益金は骨髄移植推進財団に寄付する。入場料(前売り)は一般1000円、18歳未満500円。
【問い合わせ】電話63・4858、ギャラリー・サンムーン。

写真=講演する神山さん
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