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2007年5月29日

多彩に田辺城まつり、民団舞鶴支部も初参加
家族連れら3万5000人の人出
 第16回まいづる田辺城まつりが5月27日、南田辺の舞鶴公園一帯で開かれた。西舞鶴地区の町内に保存される江戸時代の芸屋台五基が勢揃いして展示されたほか、恒例の勇壮な武者行列が練り歩き、家族連れら約3万5000人の人出でにぎわった。  田辺城城門の復元を機に、舞鶴商工振興会などでつくる実行委員会(松本昭司委員長)が、城下町の歴史と文化を伝えるまつりをと始めた。戦国武将・細川幽斎の築城した田辺城にまつわる歴史を基に、毎年趣向を凝らした多彩なイベントが繰り広げられている。  今年は舞鶴公園が整備されて100年を迎え、芸屋台5基と豪華な装飾品の見送り幕が展示された。子供歌舞伎が演じられた芸屋台は、城下町のにぎわいを今に伝える貴重な文化財。また、今年は朝鮮通信使が日本に来て400年を迎えることから、舞鶴在住の韓国籍の人たちで構成する民団舞鶴支部も祭りに初参加した。  明倫小のマーチングバンドの演奏と演技、舞鶴よさこい連の踊りや子供たちに人気の獣拳戦隊ゲレンジャーショー、韓国の伝統舞踊などが演じられ、公園内は多くの市民で埋めつくされた。恒例の武者行列は、園児の扮するちびっこ武者や鎧・兜を身につけた武者、町内太鼓など約1000人で構成、田辺城城門前を出発して西市街地を練り歩いた。また、行列には民団舞鶴支部も加わり、朝鮮王朝時代の衣装を来たり、伝統芸能サムルノリで楽器を演奏しながら歩いた。

写真左=演奏しながら武者行列に参加した民団舞鶴支部のサムルノリ隊
写真右=展示された寺内など5町内の芸屋台
足を崩して楽な姿勢でお茶を楽しんで!
裏千家師範の山口さんが試みの茶会
 正座をしなくても、椅子に腰をかけたり足を崩して座ったままで、お茶を楽しんでもらう試みの茶会が26日、北田辺の西公民館和室で開かれた。裏千家師範の山口宗裕さん(58)=倉谷=が主催した。いつもの自宅での稽古を飛び出し、呼びかけに応じたお茶の好きな市民たちも来席し、リラックスした姿勢で薄茶を味わった。山口さんは今後もこうした作法を広め、正座が苦手で敬遠していた人にも茶道の魅力を知ってもらいたいとする。  山口さんは自宅の教室で茶道を指導したり、余内小学校で20年間、子供たちにも教えている。茶道は長時間正座をするが、山口さん自身も次第に足が痛く正座が苦しくなってきたり、正座を嫌って茶道離れする若者や男性も多いことから、正座をせずとも楽しめる茶会をとの思いを温めていた。  裏千家では11代目の玄玄斎氏が明治5年の京都万博で、正座経験のない海外のお客をもてなすために、テーブルのような点茶盤と椅子を使った「立札(りゅうれい)式」を考案した。最近でも16世家元の忘坐斎氏が、男性ならあぐらをかくなど足を崩しての「座礼(ざれい)式」の作法の普及を呼びかけている。  初の試みでは自宅の教室から西公民館に場所を移し、椅子を並べた立札式と足を崩して座る座礼式の2席を準備。この作法を知ってもらおうと生徒たちだけなく、市民にも事前に来席を呼びかけた。さっそく訪れた女性グループの4人が座礼式の席で足を崩して、山口さんの点てた薄茶で一服した。  山口さんは「こうした作法ですと足が痛い人でも楽しめますし、初心者にもとっつきやすい。ハードルを低くして茶道の良さを知ってもらうきっかけにしたい」と話す。今後も月1回程度開く予定。

写真=山口さん(左端)が点てた薄茶を足を崩して楽しむ参加者
2007年5月25日

神山さん陶展、自然釉の輝き 生命力溢れる
6月3日まで「ギャラリー・サンムーン」で
 女流陶芸家の草分けの神山(こうやま)清子さん(70)=滋賀県甲賀市=の陶展が、5月23日から浜のギャラリー・サンムーンで始まった。自然釉の輝きを放つ器には、作者が吹き込んだ生命力が溢れている。同27日には近くのマイコムで骨髄バンク支援の集いがあり、神山さんの講演とシンガーソングライターのあまりあさんのコンサートがある。  神山さんは古い信楽の焼き物に魅了され、釉薬を使わずにビードロに輝く自然釉の復活に取り組んだ。窯で約2週間薪を燃やして作るが、苦心して長年の後に完成させ、国内外で個展を開き高い評価を受けている。  舞鶴で初めての個展では花入れ、大壺など約50点と、白血病で亡くなった長男の賢一さんの天目茶碗も出品。ビードロと天目の金属質な輝きが競演している。また、母子をモデルにした映画「火火」で、清子さんを演じた田中裕子さんが着た衣装も展示された。6月3日まで。神山さんは5月27、28日、6月2、3日に在廊する。  神山さんは骨髄バンク運動の立ち上げに奔走し、いまも各地で講演をする。今回の作品展に合わせ、骨髄バンクの登録を呼びかける舞鶴のきりんの会が講演会などを企画した。午後1時半から。協力券2000円(当日500円増し)。収益金は骨髄移植推進財団などに寄付する。チケットの問い合わせはサンムーン(電話63・4858)。

写真=白血病で亡くなった長男の賢一さんの天目茶碗(手前)と神山さんの作品
水温が高く大きく成長「丹後とり貝」
例年より1カ月早く5月28日に出荷
 丹後とり貝の出荷が5月28日から始まるのを前に、舞鶴とり貝組合(川崎芳彦代表、18人)は、育成している舞鶴湾内の筏で準備作業に取り組んでいる。今年は水温が高い影響で貝の成長も早く、例年よりも大きな貝ができ上がり、出荷も1カ月早くなった。  育成の丹後とり貝は天然ものに比べ、身が大きく甘味があるのが特徴。エサとなるプランクトンが豊富な舞鶴湾は、育成場として適している。2000年に育成がスタートし、現在は宮津などでも行う。とり貝の種苗生産と育成技術が確立しているのは、全国でも京都府だけで、府はブランド化に取り組む。同組合でも生産者は昨年から5人増え、筏は戸島沖などに50基浮かぶ。  府立海洋センターが生産した稚貝20万個を昨年8月ごろ、筏から海中に吊り下げた無煙炭の砂を詰めたコンテナに入れ、途中、コンテナに付着したフジツボなどを取り除き育ててきた。今年は大きな貝が多く、殻長10センチ、300グラムのものも。出荷に向けて、筏に上げた貝を大きさ別に選別作業をした。川崎さんは「今年が一番の出来。甘味のある貝ができた」と話す。10万個の出荷予定。  高級食材として東京や京阪神などに出荷してきたが、今年は地産地消も進めようと、府などがキャンペーンを実施する。

写真=大きさごとに選別される丹後とり貝=5月22日、戸島沖で
2007年5月22日

5月27日、まいづる細川幽斎・田辺城まつり
整備100年迎える舞鶴公園一帯で
 第16回まいづる細川幽斎・田辺城まつりが、5月27日午前9時から南田辺の舞鶴公園一帯などで開かれる。今年は公園が整備されてから100年の節目となり、城下町時代に作られた竹屋町など五町内の芸屋台が初めて勢揃いする。また、朝鮮通信使が日本に来てから今年で400年を迎えることから、舞鶴在住の韓国籍の人で構成する民団舞鶴支部が初参加、伝統芸能と王朝衣装で武者行列に加わり、韓国料理を手作りして出店する。  舞鶴商工振興会などで組織する同まつり実行委員会(松本昭司委員長)の主催。城下町の歴史を持つ西舞鶴地区の文化の継承と地域の活性化を目的に、田辺城城門の復活をきっかけとして始まった。  芸屋台は江戸時代中ごろ、朝代神社の祭礼で城下の各町によって巡行され、その舞台の上で子供歌舞伎などが演じられた。町衆の賑わいを示すものとして、地域で大切に保存されてきた。丹波町や魚屋町など五基が公園に引き出され、芸屋台に取り付けられる豪華な見送り幕も披露される。  午前九時の開会宣言に続き、公園内では明倫小学校のマーチングバンド、舞鶴よさこい連の踊り、獣拳戦隊ゲキレンジャーショーなどが繰り広げられる。午後1時からは城門前を総勢千人を超える大行列が出発、武者に扮した子供たちや町内太鼓の隊列などが西地区商店街を練り歩く。  行列には民団舞鶴支部の会員らが、朝鮮国王が江戸幕府に使わした朝鮮通信使に扮して、韓国の人気テレビドラマ「チャングムの誓い」でお馴染みの朝鮮王朝時代の宮中の衣装を着たり、伝統芸能サムルノリで楽器を演奏しながら歩く。雨天の場合は1部の催しは明倫小体育館で開く。  舞鶴公園の100周年を記念し、市が同26日、27日、公園内の彰古館で、市民から寄せられた写真などを展示する「舞鶴公園の思い出」展も開く。創作和紙人形ゆかり会も作品を並べる。

写真=まつりをPRするポスター
伝統芸能サムルノリで地域と交流
民団舞鶴支部が田辺城まつりに初出演
 韓国人の在日組織である民団京都府舞鶴支部(金榮吉支団長)が、田辺城まつりに初出演する。3月に伝統芸能サムルノリのサークルを結成し、練習の成果を披露するほか、伝統舞踊や食、民衆劇の仮面などの韓国文化を通して地域との交流を図る。  サムルノリは朝鮮半島で農耕生活から生まれた舞踊の農楽がルーツで、約千六百年の歴史を持つ。踊りをいれながら、ケンガリ(鉦)とチャング(鼓)など、4つの民族楽器を打ち鳴らす演奏は躍動感に溢れている。  同支部では子供から大人までの28人が、武者行列に加わる。毎年秋京都市内で開かれる在日コリアンと日本人の祭り「東九条マダン」と、綾部市の東綾中学校生徒のサムルノリ隊も応援に駆けつける。マダンらは公園内ステージで、午前10時40分と午後2時15分からも披露。舞鶴出身の在日コリアン3世の韓国伝統舞踊家、李綾子(イ・ヌンジャ)さんらもステージに立つ。  また、在日韓国婦人会京都府舞鶴支部の女性らが韓国料理の出店をする。チヂミやキムチ、ブタ肉、モチなど2000食を用意する。さらに、浮島丸事件の犠牲者を追悼する「浮島丸殉難者を追悼する会」会長で、元中学校美術教師の余江勝彦さん(66)=白浜台=が制作した韓国の仮面・タル約50点を展示する。  日本人の余江さんは会の活動を通して朝鮮半島の文化への関心が深まり、マダンの祭りでタルに出会ったのを契機に、韓国を何度も訪れ制作者から学んだ。タルは収穫祭などに演じられる民衆劇「タルチュム」に使われる仮面。貴族らを風刺する筋立てで、シラカバや紙などで作る仮面は貴族の特徴を誇張し、庶民の反抗精神に溢れた表情と色彩が強い印象を与える。

写真=貴族や僧を表す仮面と制作者の余江さん
2007年5月18日

ひょうたん山共同保育園の園児たち
田んぼで田植え体験、収穫して自分たちの給食に
 ひょうたん山共同保育園(石束悦子園長、15人)の園児たちが5月16日、与保呂の同園前の田んぼ(2アール)で田植え体験をした。日ごろから交流する溝尻のやまもも保育園(谷口実千代園長、25人)の園児たちも加わり、コシヒカリの苗を手植えした。収穫した米は園での給食で食べることにしている。  子供たちに農作物を手作りして食べる体験をしてもらおうと、同共同保育園が10年以上続ける恒例の行事。同園はアトピーの子供たちが3分の1在籍しており、園で育てるアイガモ農法による米や地元の野菜など、有機栽培の食材で給食を作って提供している。  1週間前には田んぼに入って泥遊びもした。この日は両園の年長と年中組の約10人、午後からは学童保育で預かる小学生らが参加。ほとんどの子供たちが初めて田植えをしたが、一歩一歩しっかりと歩いて苗を植えていった。  同共同保育園は19日午前九時半からひょうたん山広場で、公開保育の遊びの広場「親子リズムとイチゴとり」をする。給食1人400円。
【問い合わせ】電話64・7946、同園。

写真=田んぼで父親らと一緒に手植えする園児たち
万願寺甘とう「まずまずの出来」
舞鶴特産・京の伝統野菜の初出荷作業
 舞鶴特産で京の伝統野菜の万願寺甘とうの初出荷作業が5月17日、下福井のJA京都にのくに選果場で行われた。まずまずの出来で京都市場に向け出荷された。  万願寺甘とうは大きくて肉厚、甘味があるのが特徴で初夏の味覚として、関東や京阪神にも出荷される。昨年は167トン、1億500万円の売り上げで、6年連続1億円に乗せた。生産者は168人、栽培面積は4.8ヘクタール。  この日は農家が長さと形などによって「秀・優・良」に選別した676キロを持ち込み、等級別に袋詰めや箱詰めされた。舞鶴西営農経済センター長の山本秀樹さんは「まずまずの出来。今年は200トン、1億3000万円を目標にしています」と話していた。

写真=万願寺甘とうの出荷作業
2007年5月15日

5月23日からサンムーンで神山さんの陶展
27日にはマイコムで骨髄バンクの啓発へ講演など
 女流陶芸家の草分けで、骨髄バンク運動の立ち上げに奔走した神山(こうやま)清子さん(70)=甲賀市=の作品展が、5月23日から浜のギャラリー・サンムーンで始まる。その陶展に合わせ、きりんの会(荒井孝義代表)は骨髄バンクの啓発と支援をしようと、同27日、浜のマイコムでチャリティーイベント「骨髄バンクの集い」を企画した。神山さんの講演や音楽家のコンサートなどをする。収益金を支援事業に寄付する。来場を呼びかけている。  神山さんは信楽で女性の窯元が認められていない中にあって、古い信楽の焼き物に魅了され、釉薬を使わずにビードロに輝く自然釉の復活に取り組んだ。窯で約2週間薪を燃やして様々な色合いを見せる作品を完成させ、国内はじめ海外でも高い評価を受けている。  一方、同じ陶芸の道に入った長男の賢一さんが1990年に白血病を発病した。治療には骨髄移植しかなかったが、公的な骨髄バンクがない時代だったため、親子と友人らで骨髄提供者を探す運動をし、後の骨髄移植推進財団の設立の大きな力になった。しかし、賢一さんの適合者は見つからず、31歳で亡くなった。清子さんはその後も同じ病気の人たちの支援を続ける。  神山さん母子をモデルにした映画「火火(ひび)」の上映会が、2005年12月に市内で開かれた際、サンムーンオーナーの佐藤保明さんも協力したのがきっかけで神山さんと知り合い、作品展の開催を依頼。各地での講演などで多忙な上、作品が出来上がるまでに時間がかかる工程のため、ラブコールから約1年半待って実現の運びとなった。  自然釉の大壺、食器など約50点のほか、賢一さんが残した天目茶碗も特別出品する。6月3日まで。午前10時〜午後7時(最終日は午後5時)。神山さんは27、28日、6月2、3日に在廊する。  舞鶴で骨髄バンクの登録を呼びかけているきりんの会がイベントを主催。27日午後1時半からの第1部で神山さん、元京都府赤十字血液センター研究部長で、いまも患者のサポート活動をするHLA研究所所長の佐治博夫さんが講演する。  第2部(午後2時55分)は、シンガーソングライターのあまりあさんのコンサート「生命の響き」。自然な響きで満たす音楽づくりをする。協力券は2000円(当日500円増し)。収益金は寄付する。チケットの問い合わせはサンムーン(電話63・4858)。

写真=白血病で亡くなった長男の賢一さんの話をする神山さん=2005年、倉梯小で
児島食品 、カレーのレトルト食品2種開発
舞鶴の知名度アップと観光振興へ
 余部上の総合食品卸売商社「児島食品」(児島照夫社長)は、舞鶴の知名度アップと観光振興を図ろうと、「まいづる 昭和浪漫(ロマン)カレー」と「まいづる 赤煉瓦カレー」のレトルト食品2種を開発し、市内のスーパーや観光施設などで発売している。  同社は2004年には、まいづる肉じゃが祭り実行委員会と共同で、レトルトの「元祖 肉じゃが」を、また、ハクレイ酒造と協力し肉じゃがに合うお酒も商品化し販売した。それに続く土産物として、だれでも食べなれた母の味の定番のカレーに着目、1年かけ試食やパッケージの検討などをして開発した。  「昭和浪漫カレー」は昭和20〜30年の懐かしいカレーの味を再現。当時はいまのようにソースではなく、醤油を調味料にして食べたことから、独自開発のカレー醤油を別袋にして、カレーに混ぜて食べる。パッケージもレトロ調の茶の間の絵と文字にした。裏面には引き揚げ港の舞鶴を紹介している。  「赤煉瓦カレー」はまいづる知恵蔵のオープンにちなみ、NPO法人赤煉瓦倶楽部舞鶴の協力で、デミグラソースをベースに香辛料を特別ブレンドした。箱の裏面には赤煉瓦倉庫群を紹介している。両方とも1箱は2食分(1袋200グラム入り)で680円。  児島社長は「調味料の開発に苦労しましたが、おかげさまでレトルトの味ではないと喜んでもらえ、注文がふえています。舞鶴のPRになれば」と話していた。赤れんが博物館、フクヤの全店舗、とれとれセンターなどで発売中。

写真=発売中のカレーを紹介する児島社長
2007年5月11日

アームレスリングで活躍する泉さん(円満寺)
世界の鉄腕目指し7月のアジア大会へ
 円満寺の会社員、泉政徒(まさと)さん(36)が、日本アームレスリング連盟(JAWA)公認の愛媛選手権大会で優勝するなど活躍している。これまでにも多くの大会で上位入賞を果たし、7月にはフィリピンで開催予定のアジア大会にも出場を決めた。2年前には「鉄腕舞鶴」のチームを結成し、府北部でのアームレスリング競技の普及にも取り組んでおり、現在7人のメンバーで練習に励む。  アームレスリングは55キロ〜100キロ以上まで、5キロごとの体重別の階級で対戦。右腕と左腕のどちらもエントリーできる。相手の手を握って組み、競技台に手の甲がつけば負け。勝敗を決めるのは腕力ではなく、集中力とスピードと技。体格に劣る日本人選手でも海外の選手を相手に世界で活躍する。  泉さんは八年前、素人の腕相撲大会に出場し、決勝で日本チャンピオンと対戦したのが競技との出会い。全く力が入らず競技のすごさを体感し、チャンピオンに弟子入り志願し、トレーニング法などを教わった。  3年目には70キロ級で京都大会で優勝、アジア戦で2位など、JAWAのランキング5位にまで上がった。その後けがで低迷しやめることも考えたが、現世界チャンピオンの金井儀信さんから励ましと指導を受け再挑戦。各大会で上位を続け、4月の愛媛大会ではライトハンドで優勝した。  自身のレベルを上げる一方、府北部で普及させようと、トレーニングジムで出会った若者らに声をかけ、チームを結成した。20代〜30代の会社員らが、毎週金曜日午後8時から円満寺の泉ビルで練習する。団体戦に出場したことはないが、松本隼介さん(26)が55キロ以下級の関西オープンで3位に入るなどメンバーも力をつける。  チーム代表を務める泉さんは「自分より大きな相手を倒せるのが競技の魅力。モチベーションを高めるのが大切で、練習にはイメージトレーニングを多くさく。アジア大会で優勝を狙いたい」と話す。競技に関心のある人は泉さん(電話080・5337・4712)へ。

写真=練習する泉さん(右から3人目)とチームのメンバーら
舞鶴公園開設100周年で思い出展
5月26・27日に彰古館、写真や絵など募る
 南田辺の舞鶴公園が今年で開設100周年になるのを記念し、市は田辺城まつりと連携し、5月26日と同27日、同公園内の彰古館で、「舞鶴公園の思い出」展を開催する。市民から寄せられた公園に関する資料を展示する。公園で撮影された風景や行事などの写真や絵などを募っている。  細川・京極・牧野氏が約290年間にわたって居を構えた田辺城が、1873(明治6)年に廃城になり、1907(同40)年に本丸付近が舞鶴公園として整備された。それ以来、市民の憩いや散策の場、祭りの会場として利用されている。  募集しているのは舞鶴公園に関する風景や祭り、運動会などを撮影した写真、絵、ビデオテープ、思い出の作文など。古いものから最近のものまでと時期は問わない。27日の田辺城まつりに合わせ2日間の午前9時〜午後5時、彰古館に展示する。寄せられた資料は展示終了後に返却する。募集は同16日まで。
【問い合わせ】電話66・1047、市都市整備課公園緑地係。

写真=舞鶴公園での第1回舞鶴祭の写真(1958年5月)
2007年5月8日

児童養護施設「舞鶴双葉寮」の運動場完成
5年ぶり、記念運動会で笑顔と歓声
 桃山町の児童養護施設「舞鶴双葉寮」(仙田修二寮長)の運動場が完成し、5月3日、記念の運動会が開催された。かつての運動場に児童福祉センターが建設されてから5年ぶりの運動会。この日を待ちに待った寮生の子供たちと地域の人たちが、一緒にパン食い競争や玉入れなどを楽しんだ。気持ちのいい青空のもと、運動場に子供たちの笑顔と歓声が広がった。  双葉寮にはかつて施設本館横に運動場があり、遊び場として使ってきた。1996年に本館の1部を利用して夜間一時保育などの子育て短期支援事業、2000年に学童保育事業などを開始。利用者が増加し手狭となったため、02年に運動場に児童福祉センターを建設した。  その代替としてセンター北側の空き地を仮設の運動場として一時利用してきたが、昨年10月から今年3月にかけ、空き地横の坂道に盛土をするなど整備した。広さは以前の運動場とほぼ同じで、縦横約30メートル四方の正方形。照明装置も設置し夜間も利用できる。  以前は毎年春に運動会を開いてきたが、この間はできなかったため、完成記念を兼ね運動会を企画。この日、同施設で生活する幼児から20歳までの64人と職員、学童保育を利用する親子らが参加した。開会式でクレインズ が太鼓演奏で完成を祝った。  運動会では、児童代表の渡辺真由子さん(高校2年)が「運動場が出来上がったら運動会をやりたいと話し合ってきました。大切に使っていきたい」と喜びを述べた。続いて梅垣なつみさん(高校1年)が選手宣誓し競技をスタート。紅白に分かれて、障害物競争など各競技で走ったり玉を投げたり声援を送った。  仙田寮長は「この日に向け子供たちは、夜遅くまで応援合戦の練習に取り組んでいました。今後は地域の人たちにも開放したい」と話していた。

写真=歓声を上げて玉入れをする子ら
7月29日に「ちゃったまつり」花火大会
まい花火募金の協力を呼びかけ
 みなと舞鶴ちゃったまつり実行委員会(安達清司実行委員長)は、祭りのフィナーレを飾る花火大会で、今年も「みんなの花火」を打ち上げるため、恒例の「まい花火募金」の受け付けを始めた。  今年で32回目のちゃったまつりは、7月28日に西地区商店街で前夜祭、同29日に東地区海岸で花火大会が催される。夜空に大輪の花を咲かせる花火大会を一層盛り上げるため、企業や団体がスポンサーの打ち上げ花火に加え、市民からの「まい花火募金」で花火を打ち上げる。  「まい花火募金」は、1口1000円で、舞鶴市産業振興室、西支所、市商工観光センター1階で受け付けるほか、京都北都信用金庫本支店、市内郵便局から振り込める。7月29日まで。同実行委員会では、市民に協力を呼びかけている。また、募金者の氏名を舞鶴市民新聞の紙面に掲載する。
【問い合わせ】電話62・4600、舞鶴商工会議所内、ちゃったまつり実行委事務局。

写真=打ち上げられた大輪の花火=昨年
2007年5月1日

地球温暖化問題やライフスタイル見直しへ
夏至、6月22日に全国で4900万部の号外
 今年の夏至の6月22日、地球温暖化の問題やライフスタイルを見直すことなどを伝える号外四千九百万部を、全国の市民が一斉に街頭や地域で配布する活動を計画している。その日に向け各地でネットワークづくりが進むが、舞鶴でも賛同する市民らが連携しようと、「楽しみながら自分のできることを」を合言葉に、5月9日に映画上映会などの企画をする。準備や配布の協力者を募って、5月16日には集いを開く。  元吉本興業のお笑い芸人、てんつくマン(本名・軌保〈のりやす〉博光、39歳)が発案者。中国での植林活動などの活動をする。関心を寄せる環境問題に対し、楽しみながら未来に希望を増やす方向で、1人でも多くの人に動くきっかけになればと、日本の世帯数に相当する4900万部の号外を配ることを思いついた。  「みんなでちょっと動けば変わる」をキーワードに、賛同する市民らが印刷費用づくりの募金やボランティアの確保などで協力。呼びかけ人には音楽家の坂本龍一さんらも名を連ねる。タブロイド判で8ページの号外には素敵な体験談などを掲載する。1日の号外部数としてはギネス記録。  配る夏至の日は、カフェが始めて、いまや全国的な取り組みになった「100万人のキャンドルナイト」があり、午後8時〜同10時の間、電気を消してキャンドルの灯で、号外を読みながら未来に向けて考えてもらう。  全国で協力の輪が広がる中、てんつくマンの講演を聞いた倉谷の建築業、嵯峨根和世さんと友人らが、「これなら自分たちにもできる」と舞鶴で取り組もうと声を上げた。20代の若者や主婦、NPO職員ら約10人が賑やかに話し合う。  会合では府内の活動をまとめる京都市内の大学生、清野和彦さんが亀岡市などの取り組みも報告した。メンバーの山内茂樹さん=堂奥=は「楽しくやって仲間づくりをしたい」という。府北部で5万5000部の配布が目標。今後の予定はミクシィのサイトの「チームGOGOまいづる」にも載せ、ネット上からも発信する。  5月9日午後7時から南田辺の西総合会館で、ドキュメンタリー映画「107+1〜天国はつくるもの〜」の上映会を開催する。てんつくマンが総指揮・監督を務め、実際に諦めずに実践した話を記録し、3年間で5万人が鑑賞した。入場料500円。  協力者を募る集いを5月16日に開く。午後7時に上安久の文化公園体育館駐車場に集合する。関心のある人はだれでも参加できる。嵯峨根さんは「知人たちに声を掛けて広げていきたい」と話す。
【問い合わせ】電話75・2103、ドレメ。

写真=準備について話し合う市民ら
舞鶴の魅力発信、まちづくり拠点施設
「まいづる知恵蔵」オープン
 市が整備を進めてきた北吸のまちづくり拠点施設「まいづる知恵蔵」の開館式が4月28日、現地で行われた。舞鶴の歴史文化の宝物の収蔵展示や研究、舞鶴の魅力の発信の場として期待がかかる。  民間会社から無償譲渡を受けた赤煉瓦倉庫を活用して整備。縄文丸木舟や糸井文庫浮世絵の展示エリア、舞鶴の鉄道などを紹介する赤れんが倉庫復元展示エリアなどを備える。NPO法人赤煉瓦倶楽部舞鶴が管理・運営する。事業費は約5億9000万円。  開館式では斎藤彰市長が「品格と魅力あるまちづくりに寄与する拠点施設に育つことを願っています」とあいさつ。続いて前市長の江守光起氏も加わりテープカットが行われた。市指定文化財を展示する宝物展(5月27日まで)、舞鶴在住のアーティスト10人が出品する作家展(5月6日まで)が開かれている。
【問い合わせ】電話66・1035、知恵蔵。

写真=煉瓦と木の床の会場に並ぶ舞鶴の作家の作品
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