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2011年11月29日

復興へ向かう球児たちと
舞鶴東スポ少野球部
被災地の福島県いわき市へ遠征
12月8〜10日 交流試合
「一緒にプレーして、仲間を勇気づけたい」

 舞鶴東スポーツ少年団野球部が、12月8、9、10日、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県いわき市に遠征する。部員たちは、地元の少年野球チームと交流試合を通じて、被災した球児たちにエールを送り、友情の輪を広げる。  野球部の田中富美夫監督(51)が、震災後、いわき市に立ち上げられた「いわきベースボールタウンプロジェクト(略称IBTP)」の高橋克巳会長と親交があり実現した。2人は、かつてそれぞれ地元の青年会議所会員で、日本青年会議所活動で知り合ったという。  IBTPは、野球を通じて元気な街に復活することをめざし、プロ12球団やプロ野球選手会との連携、全国から野球チームを呼び込むなどの活動を行っている。  遠征チームは、小学5、6年生の部員17人とチームスタッフ、保護者ら総勢約40人。交流試合は、全国学童軟式野球大会で、上位に進出している小名浜少年野球教室(いわき市)、常磐スポーツ少年団(常磐市)と対戦。部員たちが手作りした巾着のグローブ入れをプレゼントするほか、相手選手宅にホームステイする。  田中監督は、屋根瓦工事会社の社長で、震災1カ月後、福島県で2週間余り工事に携わっており、「すさまじい現状から復興へ向かう力強さを部員たちが見て感じてほしい」と遠征の意義を話す。  稲葉伊織主将(12)=新舞鶴小6年=は「一緒に元気にグラウンドでプレーして、被災した仲間を励まし、勇気づけたい」と話している。

写真=遠征する舞鶴東スポ少チーム



女性グループ、活動第1弾
つながり 子供の未来守ろう
被災の女川町支援
キャンプ村開く岩下さんに協力

 女たちでつながり、子供たちの未来を守ろうと、市内や近隣の女性たちがグループを結成し、11月24日、西方寺のふれあい会館で、東日本大震災の被災者への支援物資として、籾付き玄米の黒焼きづくりなどをした。宮城県女川(おながわ)町で支援に取り組む篠山市の岩下八司さんから活動を聞き、手作りした物資を託した。  西方寺に住む今井久美子さんが呼びかけ、小さな子供を持つ近隣の女性たちを中心に活動をスタート。「ままこも会」(仮称)と名付け、第1弾として被災者への支援物資を作って届けることにした。  支援物資に選んだのは、籾付き玄米の黒焼きと炒り玄米。体を温め、体内の毒素などを吸着して排出するのに効果を持つとされる。煎じてお茶などにする。綾部市在住の野草料理家の宮園なおみさんを講師に招き、約10人の女性たちが七輪で炭火を燃やし、持ち寄った玄米などを土鍋に入れ約2時間かけかき混ぜた。  午後から岩下さんの活動報告会を開催。岩下さんは妻とともに25年以上、バングラデシュの教育支援活動をする。震災後、行政や団体の手が届きにくい女川町で、個人ボランティアのテント村を5月に開設した。  住民1人1人から要望を聞き取り、重機が入らない離島で仲間とともに手作業によるガレキ撤去、仮設住宅の改修、ネット上で支援物資の呼びかけ、心のケアを行い、住民から「もう大丈夫」と言われるまで支援を続けたいと語った。受け取った支援物資を携え、12月4日に女川町へ向かう。  今井さんは「これからも定期的に女川町の支援活動のほか、食養の料理教室なども開いていければ」と話している。  防寒対策として女川町に送る毛布(新品、もしくはきれいなもの)の提供を呼びかけている。
【問い合わせ】電話080・5360・0873、今井さん

写真=籾付き玄米の黒焼きを作る女性たち


2011年11月25日

「プロジェクトFUKUSHIMA!」遠藤ミチロウさんインタビュー
原発事故の福島の声発信
8月15日に野外フェス
「福島 孤立させない」

 東京電力福島第1原発事故に苦しむ福島。福島市内を会場に今夏8月15日、野外フェスティバルが開かれ、音楽や詩などを通じていまのフクシマの声が世界に発信された。このプロジェクトFUKUSHIMA!を仲間たちと提案したのが、1980年代、過激なパフォーマンスで伝説となったパンクバンド「ザ・スターリン」を率いた福島県二本松市出身の遠藤ミチロウさん。60歳を超えたいまもソロで、全国をライブで回っている。11月6日、ライブのため舞鶴を訪れた遠藤さんにプロジェクトについて聞いた。

 ―なぜ、フェスの開催を
 いまの福島は事故によって生活を脅かされた人、避難したくても出来ない人、強制的に避難させられた人、生活がバラバラになり家族も分断された。そんな中で原発の仕事をしている人もいる。また、風評被害や福島差別も受けるようになり心を痛めている人もおり、絶望的な状況で福島自体が気持ちも沈み、とてもやるせなく思った。でも、そうした複雑な気持ちをマスコミは汲み取ってくれない。それなら自分たちでその想いを発信するイベントをやることにした。

 ―8月15日に行った意味は
 戦争や原爆についていろいろ考えることがあって、95年から毎年広島で爆心地ライブや8月15日もイベントを行ってきた。今回の原発事故もそれとリンクしている。戦後、日本は復興し高度成長していったがその象徴が原発だった。しかし事故で破綻しいろいろな矛盾が噴出してきた。もう1つは震災の犠牲者を追悼するという意味で8月15日にこだわった。

 ―事故前後で故郷への想いは違いますか
 田舎がいやで福島を飛び出した人間だったが、この事故で福島が差別を受け憤りを感じるようになり、自分の歴史の原点として故郷にもう一度向き合うようになった。でもそれはとても複雑な想い。舞鶴は震災前にライブとドキュメンタリー映画の撮影のため一度訪れ、また来たいと思った。城下町の二本松市と同じように昔からの雰囲気を残し、自然環境もいい。自分の気持ちにピタッとはまった。

 ―二本松市の状況は
 福島第1原発から50キロ離れていますが、いまでも部分的に3マイクロシーベルトという高い放射線を計測している場所もある。浪江町が丸ごと二本松市に移転し避難集落ができている。小学校では屋外で授業もできない。それに対し行政や研究機関は食品の放射線検査や汚染地図づくりに取り組んでいます。

 ―フェスに込めたメッセージは
 自分たちで動いてことを起こしていかないと何も変わらないと感じた。絶望的な状況の福島は希望が見えない。だからこそそこに希望が見えるようにすることが、未来に対する希望の糸口になるんじゃないかと思う。多くの問題に蓋をして忘れ去られていくのを福島の人たちは一番恐れている。フェスで人々の交流も生まれ、福島の人たちは孤立していないことが伝わった。今後も福島の現実を訴えていくためフェスを継続していきたい。

(聞き手・青木信明)

写真=ライブのため来鶴した遠藤さん。静かにプロジェクトについて語った



カワイ・ダンス・エージェンシー
全国大会(11月27日、東京)で活躍を
チアダンス2チーム
関西予選そろって1位

 大阪府立体育館であったオールジャパン・チアダンス・チャンピオンシップ2011の関西予選大会で、舞鶴と福知山などの小・中学生女子でつくるチアダンスの二チームが揃って優勝し、11月27日に東京都内で開かれる全国大会に出場する。  各地でダンス指導などをする川井千枝さん主宰の「カワイ・ダンス・エージェンシー」で練習に取り組んでいる。同大会のポンポン中学生部門で「クイーンベリーズ」が1位、ポンポンジュニア部門(小学六年生以下)のスモール編成で「ミニベリーズ」が1位を獲得した。  中学生でつくる「クイーンベリーズ」は14人全員が、体全体を使い息の合った演技で高い評価を受け、この大会で初めて全国の切符をつかんだ。「ミニベリーズ」はスピード感ある演技を見せた。川井さんは「子供たちは全国大会の優勝を目指し練習に励んでいます」と話していた。
 舞鶴の選手は次の皆さん。
 【クリーンベリーズ】奥野祐奈(城北中)田野島遥夏(青葉中)【ミニベリーズ】東凛香(中筋小)松本真凛(同)林田恵麻(中舞鶴小)金田玲奈(高野小)奥野美桜(福井小)

写真左=中学生チームのクイーンベリーズ
写真右=小学生チームのミニベリーズ


2011年11月22日

聴覚言語障害者支援センター
10年の歩み

連携効果で利用手軽に
地域活動支援センター「つるの会」と併設
利用者「私たちの大切な拠点」
進む高齢化へ対応策探る
 耳の不自由な人たちのコミュニケーション支援や相談事業などの拠点となっている余部上の舞鶴市聴覚言語障害者支援(聴言)センターが、設立から10周年を迎えた。様々な講座を実施する舞鶴市聴覚言語障害者地域活動支援センター「つるの会」を併設することで、聴言センターの利用がしやすくなり、児童デイサービスに協力するなど活動を広げている。10年の歩みを振り返り、今後の課題を聞いた。 (青木信明)

 舞鶴市の事業委託を受け、社会福祉法人・京都聴覚言語障害者福祉協会が、ろうあ者や中途失聴者、難聴者たちを対象にした両センターを運営する。2001年開設の聴言センターは手話通訳や要約筆記の派遣と養成▽生活・福祉相談▽きこえの相談などを行う。平成22年度は生活相談が延べ1362件、手話・要約筆記などの派遣が延べ985件。  03年スタートのつるの会は、生活や健康講座▽調理実習▽創作教室▽手話学習などを実施。利用契約者は46人でほとんどが65歳以上。聴覚障害の身体障害者手帳所持者は市内に581人いることから、利用の掘り起こしの余地を残す。手帳を持っていなくても利用できる。  両センターの連携が効果を発揮している。つるの会に来た未就学利用者が学習会での仲間との会話をきっかけに、聴言センターに通院の通訳依頼をしたり、これまで市民健診の郵便通知が届いても意味が分からず放っておいたが、つるの会の利用のついでに通知を持参して同センターで相談して帰る例もあった。  聴覚障害の子供たちの夏休みや冬休みを過ごす場をつくろうと、ボランティアグループ「舞鶴聴覚障害児支援ネットワーク」が行う「でこぼこクラブ」の運営に、聴言センターも協力する新しい取り組みも始めた。ネットワーク代表の内藤道子さんは「子供たちに同じ障害を持つ大人たちと交流することで、聴こえなくても大丈夫と自信をもってほしい」と活動の狙いを語る。  このほど開かれた聴言センター10周年の集いで、利用する難聴者の西川澄子さんは「2つのセンターが併設されているので一度の訪問で用事がすむ。仲間との交流や学ぶこともでき、自分に誇りを持つことができるようになった」とその意義を発表した。  聴言センター管理者の木村公之さんは「高齢化する利用者を地域で支えるため、ヘルパーや訪問リハビリの事業所に手話と要約筆記講座への受講を呼びかけるなど、様々な社会資源との結びつきを強めたり、グループホームといった新たな施設づくりなども課題」と今後を見据える。  様々な教室の成果を発表するつるの会の文化祭では、利用者たちの笑顔が印象的だ。聴こえないことで社会から孤立しがちだったが、「センターに来ることで安心できる」と誰もが語る。  聴覚障害は特別なものではなく、高齢化によって誰にでも起きること。センターの利用をいかに働きかけるかのみならず、地域の中で普通に手話や要約筆記のコミュニケーション支援が行われることも望まれている。両センターの果たす役割は多きい。
【問い合わせ】電話64・3911、FAX64・3912、聴言センター

写真=10周年の集いで、センターの意義を語る利用者たち



浮島丸事件 手話劇で伝える
聴覚障害者手話サークル
11月27日、コンクールで上演
 府聴覚障害者協会舞鶴支部と舞鶴手話サークル「つたの会」でつくる舞鶴手話劇団が、浮島丸事件を題材にした劇「ハマナスの花 咲きそめて」の上演に向け練習に励んでいる。11月27日、綾部市の中央公民館で開かれる第33回両丹手話劇コンクール・文化のつどいで披露する。  つたの会メンバーで、浮島丸殉難者を追悼する会の余江美穂子さんが、聴覚障害を持つ人や子供たちにも、日本の戦争を背景に舞鶴湾で500人以上の朝鮮人労働者と日本人乗組員が死亡した浮島丸事件を知ってもらおうと、事件を題材に2つの紙芝居を完成させた。  余江さんの原作を元に、手話コンクールの審査委員も務めた坂田三雄さんが脚本を書き上げた。青森県下北半島の七軒番屋での朝鮮人と日本人家族との交流、強制労働から逃れてきた朝鮮人の若者を匿ったエピソード、舞鶴湾で佐波賀の人たちが救助に向かった実話を織り込み、生き残った朝鮮人たちが再び舞鶴を訪れる物語。  劇には総勢50人が出演や裏方で関わる。事件について追悼する会から学び、南公民館で手話と音声言語を交え、立ち位置などを確かめながら練習する。舞鶴支部の富永安雄支部長は「事件は聞いて知っていたが、紙芝居で詳しい説明を受けびっくりした。舞鶴で船が爆沈したことに憤りを感じる。追悼集会にも参加してみたい」と手話で語った。午後1時から上演する。
写真=強制労働を逃れた朝鮮人労働者を匿う場面


2011年11月18日

学んだ 行動の大切さ
浮島丸事件 紙芝居上演報告会
下北と連携強化し若い世代へ
追悼する会のメンバー体験発表
 戦争直後、朝鮮人労働者と日本人乗組員らを乗せたまま、舞鶴湾で爆沈した海軍特設輸送艦「浮島丸」が出港した青森県むつ市を訪れ、浮島丸事件の紙芝居を上演した舞鶴市民の活動の報告会が11月13日、南田辺の西総合会館で開かれた。事件を語り伝える下北の市民グループの熱心な取り組みが発表され、下北と連携して行動を強めようと締めくくり、来場者にも協力を呼びかけた。  「浮島丸殉難者を追悼する会」が、事件を題材にした紙芝居を下北で上演するため、8月27、28日、14人で訪問。強制労働の聞き取り調査などを続ける浮島丸下北の会と交流した。  報告会には約40人が来場し、紙芝居上演を報道したNHK青森放送局のニュース番組や、強制労働でできた大間鉄道のアーチ橋、県立むつ工業高校の生徒たちから受けた取材の様子が映像で紹介された。  続いて参加した石間正治さんが「朝鮮人たちの望郷や無念さ、深い悲しみを思うと2度とこんな事件を起こしてはならないとの思いを強くした」と語ったほか、「80歳になる下北の齋藤さんと鳴海さんの、歴史を風化させまいとする姿を目の当たりにし、舞鶴でもがんばらなければと思った」「戦争を知らない子供や親、先生が増えているからこそ、運動を続けなればならないという言葉に勇気づけられた」とメンバーたちは次々と下北での体験を発表した。  来場した行永の辻真理子さんは「運動をするには厳しい状況の下北で、強制労働の事実を伝えていこうとする熱意を心強く感じ、中でも若い世代に伝えていく活動に共感した」と話した。  紙芝居を制作した余江美穂子さんは「最初は手話劇にするため紙芝居を作りました。皆さんの感想を聞くことで紙芝居をよりよいものにしていきたい」、追悼する会の余江勝彦会長は「下北でとにかく行動することの大切さを学んだ。学校回りをして紙芝居を上演できるように取り組みたい」と結んだ。

 浮島丸事件 戦前、海軍の軍事拠点だった下北半島に、本土決戦に備えて鉄道やトンネル工事などを短期間に行うため、不足する労働力を朝鮮半島から集め、過酷な強制労働をさせていた。戦争が終結した後、急遽、朝鮮人労働者を帰国させるため、1945年8月22日、3千人以上を乗せた「浮島丸」が大湊港を出港、8月24日に寄港した舞鶴湾佐波賀沖で謎の爆沈をし、朝鮮人524人、日本人乗組員25人が亡くなったとされる。

写真=紙芝居制作者の余江さんの発表を聞く来場者たち



「書」で被災地にエール
震災チャリティー展 11月20日まで知恵蔵で
書道連盟会員たちの言葉
 東日本大震災の被災地を支援しようと、舞鶴書道連盟などの会員たちが、北吸のまいづる智恵蔵でチャリティー書道展を開いている。出品作の中には、被災者にエールを送る言葉が書になっている。作品を販売した収益金を復興支援に役立てる。11月20日まで。  会員の10人が1人5〜10点の計約80点を展示する。被災者の幸せを願った「福寿」、縁起のいい禅の言葉を古代文字で書いた作品、ほのぼのとした心にさせる童謡の歌詞を書いた軸作品、新年を控え干支の文字などが並ぶ。  倉谷の城代作知子さんと泉さんは母娘で出品した。作知子さんは溢れる笑いの文字や、ありのままを受け入れるバカボンのパパの言葉「これでいいのだ」を書にした。泉さんは人気グループ「EXILE」の曲から「望」の1文字、ドラえもんの言葉から「友だちに助けを求められて知らん顔をしていられるか」などを書いた。
写真=励ましの言葉を書にした作品


2011年11月15日

白寿・99歳 学ぶ意欲いまも
11月26日で100歳 南田辺の田中さん 永年表彰受ける
西地区いきいきセミナー
スタートから32年間通う
 西公民館主催の西地区いきいきセミナーで、白寿(99歳)の田中アイさん=南田辺=が、6月から始まった10回の講座を終えた。セミナーが1980年から始まって今年で32回目だが、第1回から連続受講している。このほど市民会館で開かれた閉講式で、水谷昭教育長から永年表彰を受け、会場からも祝福を受けた。11月26日に100歳を迎える。  同セミナーは市内の7つの公民館で開いており、各地区の60歳以上の高齢者を対象に生涯学習の場としている。西公民館では今年6月〜11月、生活講座、人権落語会などのプログラムを行い、215人が受講した。  老人会「田辺会」に所属する田中さんは、様々な話を聴こうと当初から参加。講座10回中、7回以上出席すると修了証が送られるが、少なくとも20年以上の修了を重ねている。今年も家族に付き添われながら自宅から歩いて通い、修了を果たした。  耳が聞こえにくくなった以外は、どこも悪いところはないという。お刺身以外は何でも食べることができ、いまも自宅からシルバーカーを押してスーパーへ買い物に出かけている。田中さんは「セミナーに来ることがとても楽しい。くよくよせず毎日を過ごし、今日も一日幸せな一日だったと仏様に手を合わせています」と笑顔で話している。  市老人クラブ連合会会長で同セミナー学級長の増山寛一さん(82)は「ずっと通い続けられ頭が下がる思い。みんなの励みになります。来年もお元気でぜひお顔を見せてほしい」と敬服していた。
写真=水谷教育長から表彰を受ける田中さん(右)



山下さん(丸山町)が大賞に
第三回舞鶴かま板大賞
「絆」テーマに133点の応募
 第3回舞鶴かま板「絵と文字」大賞(舞鶴かまぼこ知ろう館活用協議会主催)の表彰式が11月13日、下安久の舞鶴かまぼこ協同組合であり、大賞を受賞した丸山町の山下みゆきさん(44)ら入賞者に賞状と賞品を贈った。  かま板大賞は、舞鶴かまぼこを広く知ってもらうための取り組み。今回は「絆」をテーマに、かまぼこ板に絵と文字を描いた作品を募集した。  応募作は高校生を含む大人15点、中学生50点、小学生7点、幼児61点の計133点。審査の結果、仲睦まじい老夫婦が、かご一杯に買った野菜を前に微笑む姿を描き、「以心伝心老い二人」のメッセージを添えた山下さんの作品が大賞に選ばれたほか、特別賞、スクール賞が決まった。  表彰式では、かまぼこ知ろう館活用協議会の高野真一会長が、入賞者の賞状とかまぼこセットなどの賞品を贈った。入賞作を含む応募作品は、12月中旬から来年1月末まで、伊佐津の西駅交流センター内、まいづる観光ステーションで展示する。  大賞を除く入賞者は次の皆さん。  特別賞=水上くみ子(丸山口町)井野玲子(高野由里)▽スクール賞=藤田彩紀(青葉中)大塚風羽(与保呂小)福野琴音(相愛保育園)
写真=「絆」をテーマにしたかま板大賞の入賞作品など


2011年11月11日

高齢者の冬場のとじこもり防ごう
大樹会・若浦地域包括支援センター
「お達者大学」を田井など4カ所で開講
来年3月まで
健康、認知症予防講座など
 高齢者の冬場のとじこもりを防ごうと、社会福祉法人大樹会の若浦地域包括支援センターが、11月から来年3月までの期間、若浦校区の四カ所で「お達者大学」を開講する取り組みを始めた。各地区の集会所などを会場に、健康や食事、認知症予防の講座など様々なプログラムを予定している。途中からでも参加できる。  寒い冬の間、家で過ごす時間が増える高齢者から、筋力の低下や認知症の相談が春になって多く寄せられるため、冬季に集まることができる場をつくろうと、同支援センターが管轄する若浦校区の65歳以上を対象に市内で初めて実施する。  開講する地区は、三浜が第1、3火曜日▽大丹生が第2、4火曜日▽野原が第1、3金曜日▽田井が第2、4金曜日。11月から来年3月までで、8〜10回程度。初回は入学式を行った。時間はいずれも午前10時〜午後3時ごろ。この時間帯に自由に出入りでき、近隣の地域からも参加できる。  講座内容は健康体操、口腔講座、悪徳商法などの啓発講座などで、栄養士や社会福祉士などが講師を務める。血圧測定などの健康チェックもあり、昼食(500円)を挟んで午後からカラオケなどのレクリエーションを楽しむ。また、特技や趣味などを持つ地元の人の話や、参加者での料理づくりなども計画する。  同支援センターの柴田崇晴センター長は「地域の皆さんと顔見知りになって、気軽に相談してもらえる機会にするとともに、ここに来られていない方の健康状態にも注意を向けていきたい」と話す。 昼食の準備のため事前申し込みが必要だが、昼食がいらない場合は当日参加もできる。
【問い合わせ】電話64・0086、若浦地域包括支援センター
写真=三浜で始まった「お達者大学」の入学式の様子



みずほ教育福祉財団から
NPO法人 レ・トウヌソルに電気自動車
配食サービスで高齢者の安否確認
 配食サービスを通して高齢者の安否確認を行うNPO法人レ・トウヌソル(武内みどり理事長)=高野由里=に11月8日、みずほ教育福祉財団=東京都千代田区=から配食用小型電気自動車1台(110万円相当)が寄贈された。  贈呈式は、余部下の中総合会館であり、みずほ教育福祉財団の鎌田栄次郎常務理事から武内代表に目録が贈られ、その後、同会館玄関前で、電気自動車が披露された。この車は1人乗りで、後部に2段式の荷物を載せるボックスを備えている。フル充電で約45キロ走行できるという。  武内理事長は「細い道が多いので、これまで車を遠くに止めて配食していた。これからはどこへでも入れるので、その分、お年寄りと会話する時間ができます」と喜んでいた。  レ・トウヌソルは、平成19年10月に任意団体「私の町のお弁当屋さん」として設立。同22年8月に特定非営利活動(NPO)法人の認証を取得した。配食サービスは当初、週1回だったが、現在は月曜から土曜の昼と夜、利用登録した30人に弁当を届け、話し相手になって安否確認している。また、月1回、高齢者を対象に会食会も行っている。  みずほ教育福祉財団は、平成15年度から高齢者向け配食ボランティア活動を行っている団体に、配食用小型電気自動車を寄贈している。寄贈台数は年間10台で、今年度分を含め寄贈台数は計90台。府内では、レ・トウヌソルが2台目となる。
写真=寄贈された配食用小型電気自動車


2011年11月8日

好きな歌 ぼくのいっぽがふみだせた
蘆田君(余内小)が俳句で文部科学大臣賞を受賞
国民文化祭・京都「冠句の祭典」で
全国からの応募1万5千句の最優秀に
 第26回国民文化祭・京都2011事業の「冠句の祭典」で、余内小学校6年の蘆田(あしだ)大寛君(12)が、小・中・高校生の部で文部科学大臣賞を受賞した。「好きな歌 ぼくのいっぽがふみだせた」と詠んだ句で、一般の部も含めて全国から応募のあった1万5千54句の中から最優秀に選ばれた。  蘆田君は、国語の授業で俳句を習い、「冠句の祭典」に応募した。冠句は決められた上5文字に、中7文字、下5文字を付ける句で、上5文字「好きな歌」にフォークデュオ「ゆず」の『栄光の架橋』を思い浮かべて、句を作った。「落ち込んだときなど、この曲を聞くと勇気づけられる」ことから、「ぼくのいっぽがふみだせた」と表現したという。  選者の北山千鶴さんは「『すきな歌』は何ですか、と質問したくなる作品。曲を聞くと、きっと心も体も『勇気』に満ち溢れるようだ」と講評した。  蘆田君は「賞をもらえると思わなかったのでびっくりしている。これからも俳句を作りたいです」と話していた。  冠句の祭典は、京都が発祥の冠句の魅力を発信するため、国文祭事業として、10月30日に京都市の京都テレサで開催された。全国から応募のあった作品の中から選ばれた優秀作品の表彰式、作句体験教室、記念講演などが行われた。
写真=賞状を手にする蘆田君



解禁!舞Iカニキャンペーン
PRソングCDやぬいぐるみ発売
 舞鶴かに地域ブランド化推進キャンペーン協議会は、11月6日のズワイガニ漁の解禁に合わせ、今シーズンの舞鶴かにのキャンペーンを実施している。  府内のかに底びき漁船は12隻で、この内舞鶴所属の船は6隻。平成22年度の舞鶴の水揚はオスとメスの合計46・5トンで、府内全体の約半分を占める。  今年のキャンペーンでは、まいづる児童合唱団が歌うPR曲の完成に合わせ、曲名を「舞鶴かにカニ♪」と決め、CDも作成して発売する。作成枚数は1000枚で価格は500円。まいづる観光ステーションや市観光商業課内で販売する。また、キャラクターのチョキまるのぬいぐるみも12月中旬から発売予定。  JRや高速バスを利用して来鶴した人で、舞鶴かにマップ掲載の店舗で舞鶴かにを含む5千円以上の飲食などをした人には、キャンペーン期間中(11月〜2月29日)、毎月15人に抽選で5千円相当の舞鶴かまぼこなどの土産物をプレゼントする。
写真=CDを手にする漁業者たち


2011年11月4日

浮島丸事件 下北からの報告
I終わっていない事件

未解明の多くの謎残る
遺骨、祖国に戻されず
下北と舞I 連携強め活動を
 約束を果たせた紙芝居制作者の余江美穂子さん(67)=白浜台=。「下北市民や高校生たちに見てもらえただけでなく、一緒に行った舞鶴の参加者たちにも下北の想いを受けとめてもらえたこともうれしい」と収穫を得た。10月には舞鶴を訪れた多くの大学生たちに上演する機会もあった。  舞鶴の追悼集会の規模、組織力、在日の韓国人と朝鮮人が一緒に参加することなど、舞鶴から学ぶことが多くあると下北から評価される一方、下北に比べ若者に語り伝える取り組みや独自の調査活動などに弱さがあることを知った。  浮島丸殉難者を追悼する会の余江勝彦会長(70)=同=は、成果と課題について、「長年続けてきた舞鶴の追悼事業の大きさを、参加者たちとともに下北で感じ取ることができ、下北と一緒に浮島丸事件に取り組んでいる実感が湧いてきた。今後は学校で紙芝居を上演し、子供たちに伝えることに力を入れたい」と結ぶ。  浮島丸事件を「海難事故」とは呼ばない。それは多くの解明されていない謎が残るからだ。なぜ、下北の朝鮮人労働者たちのみを急いで帰国させようとしたのか。なぜ、釜山に向かわず針路を舞鶴に変えたのか。爆発の原因は「触雷」か「自爆」なのか。乗船者と死亡者数は正しい人数なのか。500人以上がなくなった大惨事なのに、一切報道されなかったのはなぜか。  これらの疑問について日本政府はその調査はもちろん、遺族に対する公式謝罪を行っていない。犠牲者の内、280体の遺骨はまだ東京都内の祐天寺に残されている。浮島丸事件は過去のことではない。まだ終わっていないのだ。今後、下北と舞鶴の市民たちは一層連携を強め励ましあい、事件の真相究明と語り継ぐ活動に取り組むことを誓い合った。  同行取材を終えて、浮島丸が出港した下北と8月22日が特別の地、特別の日になった。訪れる前は本州最果ての地に生きる寡黙な人たちと勝手なイメージをしていたが、様々な地域との交流で培われた文化と歴史を積み重ね、強さと熱さを持って語る人たちがいる身近な地に変わった。  「浮島丸事件は日本が平和な国になれるかどうかの試金石。事件をあいまいにしておいてはいけない」と語った下北の斎藤作治さん。短い取材時間を補うため、後に頻繁にメールで質問しても嫌がられるどころか、多くの貴重な話と資料を提供していただいた。そうした意味でこの連載を導いてくれた恩師である。齋藤さんと下北市民の心はもう来年の大きな事業に向け、すでに走り出している。  今回の取材を通して浮島丸事件の背景と事実に向き合い、戦争とはいったい何なのかと改めて問われた。舞鶴には浮島丸事件だけでなく、引き揚げや旧海軍基地の歴史があり、戦争に関する題材に事欠かない。これからも浮島丸事件を、戦争を考え、伝え続けたい。
【おわり】
(このシリーズは青木信明が担当しました)

 浮島丸殉難者を追悼する会(余江勝彦会長)は、8月の下北での紙芝居上演などの報告会を、11月13日午後1時〜同2時半、南田辺の西総合会館で開く。現地の強制労働跡を見学した様子を映像で紹介し、参加者が体験を語る。入場無料。 【問い合わせ】電話63・2539、余江さん

写真=互いの活動にエールを送り合った下北の会の斎藤さん(左)と舞Iの追悼する会の余江さん(8月28日、むつ市)



それぞれの視点で活写
北京都・写楽 3人の写真展
「森のとけい」で11月14日まで
 写真グループ「北京都・写楽」の3人による初めての写真展「それぞれの光景展」が、上安の「森のとけい」で開かれている。11月14日まで。  3人は宮津市の宮ア日出生さん、安岡の村田勝彦さん、森の中島優子さん。超ベテランの宮崎さんからキャリア2年の中島さんまでが、独自の視点でとらえた作品を出品した。  宮アさんは3年前に舞鶴市展賞を受けた雲が流れる5月の里山の写真など、村田さんは10月末に撮影したばかりの白川郷の合掌集落の灯やマクロでとらえたコスモスなどの花、中島さんはアウトインの技法で幻想的に撮影した花火、若狭町の瓜割の滝の流れなどを撮った。  中島さんは「風景写真はどこを切り取っていいのか撮影が難しい。心癒される写真を撮っていきたい」と話す。火・水曜は休み。
【問い合わせ】電話76・1153、同店
写真=作品を展示する村田さん(左)と中島さん


2011年11月1日

赤煉瓦と四季 百景に
余部下の瀬野さん
絵画展 11月5、6日に市民会館ロビーで
「魅力 再発見を」
 絵画の創作活動と発表を続ける余部下の会社員、瀬野俊策さん(65)が、舞鶴にある赤煉瓦の四季折々に彩られた百景の制作に取り組んでいる。神崎ホフマン窯や赤煉瓦倉庫群などの建物と、花や樹木などの季節を印象的に描写した。11月5、6日の午前9時〜午後5時、北田辺の市民会館ロビーで作品展を開く。入場無料。  高校生の時に絵を始めた瀬野さんは、仕事をしながら独力で創作を続け、趣味のバドミントンの大会で訪れた各地の風景を描いた日本一周駆け足スケッチ展、舞鶴と全国47都道府県の共通項を見つけ絵画で対比したユニークな作品展などをしてきた。  舞鶴の赤煉瓦をテーマに3年前から制作を始めた。1つの建物でも四季の風景を描くため通いつめ、桜の木々や夏の青空と雲、秋の夕暮れ、椿の花、雪景色などの季節感を油絵で描きこんだ。  ホフマン窯の内部や煙突、改修前の北吸の煉瓦倉庫の壁、埋め立てが始まる以前の自衛隊の桟橋、かつて勤務したことのある海上自衛隊の補給所や総監部の煉瓦建物、寺川周辺の煉瓦置き場、北吸公園の上から眺めた煉瓦倉庫とクレインブリッジなどを描いた。  変わったところでは、桜が咲くJR東駅前周辺の風景の中を走る、赤れんが博物館のラッピングを貼り付けた車体の京都交通バスも作品にしている。計120点を並べる。  瀬野さんは「夕暮れ時は陰影がはっきりしているなど、時間や天気によって煉瓦の色が違うなどして面白い。普段は通りすぎるだけだが、絵にすることでしっかりと見ることができた。舞鶴のれんがのよさを再発見する機会になれば」と話している。
写真=赤れんが博物館をラッピングしたバスを描いた作品



強豪苦しめ 秋季準優勝
マリンガール・キッズ
府ソフトボール小学生大会で
 舞鶴学童女子ソフトボールクラブの小学生チーム「マリンガール・キッズ」が、このほど宇治市で開かれた知事杯争奪第30回京都府小学生秋季ソフトボール大会で、準優勝に輝いた。  同チームは春の大会で3位になり、結成11年目で初の近畿大会にも出場した。6年生部員が9人と選手層も厚く、攻守にバランスのとれたチームになっている。  秋季大会で、同チームは初戦を宇治メッツに10―0で3回コールド勝ちし、準決勝は春に負けた宇治田原ビューティーズに2―1で雪辱を果たした。決勝は全国大会でベスト4のホワイトビッキーズと対戦、3―1で惜敗した。  鈴木次郎監督(72)=白浜台=は「試合はこちらが押していたがチャンスであと1本が出なかった。負けは悔しいが強豪を苦しめることができ、選手たちには自信になった」と話す。部員を募っている。親のつきそい当番など負担も少なく気軽に参加をと呼びかける。練習は毎週土・日・祝日。和田の専用グラウンドで。
【問い合わせ】電話62・4607、鈴木さん
写真=準優勝したマリンガール・キッズの選手たち


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