舞鶴市民新聞社の運営する舞鶴市近郊ローカルニュースサイト
      Web みなと舞鶴    http://www.maipress.co.jp
現在地は?
ホーム>> 過去のトピックス >>2014年9月
2014年9月30日










恩師慕い笑顔の合奏
城北中吹奏楽部元部員たち 吉田元校長囲み
20年間熱血で力伸ばす指導
退職後も市民吹奏楽団の結成に尽力
音楽の楽しさ教わる

 城北中学校吹奏楽部で約20年間、顧問を務めた元校長の吉田登さん(85)=綾部市於与岐町=から指導を受けた卒業生たちでつくる「吉田会」が、吉田さんを招き旧交を温めようと、9月23日、円満寺の舞鶴グランドホテルで懇親会を開いた。各地から62人が参加し、恩師を前に演奏も披露した。元部員たちはいまも音楽に携わる人も多く、熱血指導で吹奏楽一筋の吉田さんを囲んで思い出話を交した。
 尋常小5年でトロンボーンを始め、舞鶴中学校の音楽部で演奏を続けた。戦後、中学校教師となって城北中に1957年赴任し、その年に25人の生徒で吹奏楽部を創部。旧公会堂での演奏会、地区の小学校の運動会での応援演奏などもした。
 66年からは関西吹奏楽コンクールに府代表として7回出場し、70年には毎日放送子ども音楽コンクール西日本大会で優秀賞を受け、厳しくも熱心に生徒たちの力を伸ばす指導に励んだ。一時転勤を経て城北中に戻り80年まで顧問を務め、校長として89年に教師生活を終えた。退職後も舞鶴市民吹奏楽団の結成に尽くし初代団長に就任し、吹奏楽の魅力を伝えた。
 そんな吉田さんを慕う1期の元部員たちが59年に吉田会をつくり、後の卒業生も加わり交流を重ねてきた。昨年、14期などの卒業生ら約20人が集まった際、他の部員たちからも集まる機会を設けてほしいとの要望があり、約25年ぶりに一同に呼びかけ懇親会を企画した。
 群馬、埼玉などからも駆けつけ、中には卒業以来初めて吉田さんに再会する人もいた。同会代表で一期生の山本公彦さん(72)=引土=は「生徒会が中心になって廃品回収で80万円をつくり、育友会の支援も得て楽器を揃え、夏休みに猛特訓して秋の運動会で初披露した」と創部時のエピソードを披露し、「きょうは先生をお迎えでき、みんなと喜び合いたい」と開会のあいさつをした。
 続いて神戸市でアマチュアとして演奏をする16期の安達雅美さん(57)や、市民吹奏楽団に所属する元部員たちが城北中校歌などを演奏し、懐かしいコンクールなど部活動の歩みを写真で見た。安達さんは「演奏に行き詰った時、とにかく1年間楽器の虫になって練習しろと言われたことは一生忘れられない」と述べた。
 13期生で弥栄小学校校長の大西寛治さん(59)=喜多=は「何とか達成感を味あわせたいという吉田先生の思いが、中学生の僕らにも伝わってきた。教師の道に進んだことや、母校の城北中で吹奏楽部の指導をしたことにも、吉田先生の影響が大きい」と話す。
 MAF管弦楽団と合唱サークルで活動する14期の江宮志げ子さん(59)=福来=は「厳しい一面、とても熱心な指導を受けました。夏休みの部活動では財布ごと渡されアイスクリームをご馳走になり、お正月には自宅に招かれ食事をいただいたりと楽しい思い出ばかりです」と振り返っていた。
 吉田さんは「その時に思ったことを言ってきただけで、立派な指導をしたわけじゃない。とにかくさぼってはだめ、一生懸命やることを伝えてきた。これだけの教え子が集まってくれて、とてもうれしい」と笑顔で談笑していた。

写真左=教え子と談笑する吉田さん
写真中=思い出を語る1期生たち
写真右=恩師を前に演奏する元部員たち



グレイスヴィルまいづるから生まれた
「とつとつダンス」全国巡回公演
大阪・東京・仙台で

 布敷の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」(淡路由紀子施設長)での交流から生まれ、今年3月に赤れんがパークで上演されたダンス公演「とつとつダンスpart.2 愛のレッスン」(torindo主催)が、10月から大阪、東京、仙台で巡回公演を行う。ダンサーの砂連尾(じゃれお)理(おさむ)さん(49)=高槻市=と同施設入居者の岡田邦子さん(72)らが出演する。
 砂連尾さんは2009年から同施設で入居者や職員らと身体コミュニケーションの可能性を探るワークショップを始め、現在は臨床哲学者の西川勝さん(57)=大阪市=の勉強会と合同で「とつとつダンス・ワークショップ」を毎月行っている。
 公演では、禅の思想の「十牛図」を基に、映像やウクレレ演奏に合わせて砂連尾さんと電動車いすに乗った岡田さんが身体の動きでコミュニケーションの在り方を静かに描き、西川さんが身体と言語が一体となった対話の可能性を問いかける。
 砂連尾さんは「振り付けをする関係でなく、お互いが作り上げたルールでダンスし対話をしたい」、岡田さんは「砂連尾さんとは動くままに動けて無になれる。会場が変わってもあるがままに演じたい」、淡路施設長は「岡田さんの楽しみがダンスになり、表現の場が広がって良かった。この公演も変化していく中の1つで、これからも垣根の無い施設でありたい」と話している。
 大阪は10月3、5日に北区のアートエリアB1、東京は11月28〜30日に墨田区のアサヒアートスクエア、仙台は来年1月24、25日に青葉区のせんだいメディアテークで。
【問い合わせ】電話080・2411・0790、トリンド

写真=10月3日の大阪公演に向けて「グレイスヴィルまいづる」でリハーサルを行う砂連尾さんと岡田さん



2014年9月26日












五輪で活躍功績語りつごう
舞鶴出身 陸上の大江選手、水泳の菅谷選手
10月4日 生誕100周年記念のシンポ

 1914年生まれの舞鶴出身で、ともにオリンピックに出場した陸上の大江季雄選手と水泳の菅谷初穂選手の生誕100周年を記念し、市民有志で結成した実行委員会が10月4日、北吸の赤れんがパーク2号棟(市政記念館)でシンポジウムを開催する。2人の功績を語り継ぐとともに、舞鶴から五輪選手を輩出する環境づくりを目指すことにしている。
 大江さんは開業医の次男として生まれ、小学校5年で棒高跳びに出会い、舞鶴中学(西高)では全国大会で3位に、慶応大学時代の1936年に4メートル34の日本記録を樹立した。同年のベルリン五輪で銅メダルを獲得したが、2位の西田修平さんと銀と銅メダルを半分ずつつなぎ合わせ、「友情のメダル」として知られる。
 舞鶴に凱旋した大江さんは浮島グラウンドで模範演技を披露し、ポールを白糸浜神社に奉納した。次回の東京オリンピックを目指したが中止となり、太平洋戦争で召集された41年、フィリピン・ルソン島で戦死し、27歳の生涯を閉じた。
 菅谷さんは海軍将校の長女として生まれ、舞鶴高等女学校(城北中)まで舞鶴で過ごした。転校先の大阪の女学校で水泳に出会い、50メートルと100メートル自由形で日本新記録を出した。日本女子水泳チームが初めて参加した32年のロサンゼルス五輪に18歳で主将を務め、100メートル自由形で出場した。36年のベルリン五輪にはコーチとして参加、前畑秀子の金メダル獲得に貢献した。
 結婚後は西宮に住み家庭に入って5人の子供たちを育て、70歳から競技に復帰し、世界マスターズ大会で世界新記録を出した。晩年はよく舞鶴を思い出し、家族で二度訪れた。2011年に96歳で亡くなった。
 2人はともに浜地区に家があり、数百メートルほどの近所だった。新舞鶴小学校に通い、ベルリン五輪から帰国後に2人は母校の同校に写真を贈った。
 最近ではアテネ五輪に陸上の山口有希さん、北京五輪に重量挙げの斎藤里香さんが入賞するなど、世界の大会で舞鶴出身者が活躍を見せている。こうした選手に続こうと、スポーツ関係者ら市民が実行委員会を組織しシンポジウムを企画。
 シンポは午前10時〜午後0時20分。舞鶴市スポーツ協会会長の内藤行雄さんがコーディネーターを、大江さんの甥の吾郎さん、菅谷さんの長男の定彦さん、舞鶴市レスリング協会理事長で、アテネ五輪銀の伊調千春選手を指導した三村和人さん、山口選手を指導した城南中教頭の秋原栄人さんがパネラーを務める。入場無料。 【問い合わせ】電話66・1073、市教委

写真左=大江季雄選手(実行委員会提供)
写真右=菅谷初穂選手(実行委員会提供)



10月5日、開眼法要
桂林寺 大観音像迎える
被災地の復興応援バザーも

 紺屋の桂林寺(能登春夫住職)に安置される十一面観音像が完成し、10月5日、同寺で開眼法要が営まれる。台座を含めた高さ5メートルの観音像と天井絵図が披露され、清水寺の森清範貫主の記念講演や、東日本大震災や各地の豪雨災害の被災者を支援する復興応援バザーも行なわれる。だれでも参加できる。
 心の荒廃や孤立化が進む混迷の社会にあって、関わる人たちに寄り添い導く心を持つことを願う観音仏に礼拝して、そうした心を育んでほしいと、加佐西国観音霊場第三十一番札所になっている同寺に観音像を迎えることにした。2012年から檀家や市民たちに浄財の寄進を呼びかけた。
 像は木造淡彩色仕上げ、像高は約3メートル。京都市に工房を持つ京都大仏師の松本明慶さんが制作にあたった。安置する本堂の天井の絵図は、舞鶴出身で東京藝術大学を卒業した画家の高井美香さん=千葉県在住=が描いた。
 開眼法要は午前9時の打ち上げ花火を合図に、同10時から曹洞宗大本山總持寺の江川辰三貫首が導師を務め営まれる。記念講演は同11時半から、バザーは午後0時半から行なわれる。同寺梅花講や婦人会を中心にした人たちが手作りしたお地蔵人形やフクロウの小物、絵手紙などを販売する。
 能登住職は「観音さまを信じ祈ることで、他者に寄り添う心を教わることができます。多くの方に来ていただき参拝していただければ」と話している。
【問い合わせ】電話75・0168、同寺

写真=高さ5メートルの観音像と制作者の松本さん



2014年9月24日












心癒すふるさと百景
田主誠さんの版画展 200作品
10月5日まで 民話、三角形シリーズも
市へ全作寄贈

 舞鶴出身の版画家の田主誠さん(71)=茨木市=による舞鶴百景や民族博物誌などのシリーズ版画約200点の作品展が、北吸の赤れんがパーク3号棟(智恵蔵)で開かれている。心を癒すふるさとの風景、世界の民話や暮らし、エレガントな三角形を使った表現などが並ぶ。終了後には全作を前回に続いて舞鶴市へ寄贈する。会期は10月5日まで。
 舞鶴在住時に制作した作品で、旧ユーゴスラビアの国際版画展に入選。海上自衛官事務官から開設されたばかりの国立民族博物館職員に転進し、広報誌などに版画を掲載した。50歳で退職して独立後は、多くの新聞で連載を担当し個展などでも発表を続ける。
 舞鶴百景は自然や植物、祭り、市民の暮らしなどを取り上げた。ズワイガニのせり、城屋の揚松明、松尾寺などよく知られるものばかりでなく、旧北吸浄水場から眺めることができる港の見える丘、三浜地区のバス待合所など、懐かしい風景を再発見して光を当てた。
 舞鶴湾の波の形から着想した三角形を組み合わせた抽象的な作品も展示した。ショパン作曲の「蝶々」の音を絵にしたものや、人の誕生から青年期、老年期、死までの歩みを三角形だけで描いた。
 このほか小橋の民話「おおかみと塩売りばさぁ」などの民話シリーズ、各国の人と動物、植物などにまつわる風習や関わりを絵にした民族博物誌シリーズ、鳴門の渦潮などいい日本見つけたシリーズなど、多彩な世界が広がっている。
 田主さんは「舞鶴は雨が全てのものを浄化して、植物が活き活きとしており、雨上がりがすばらしい町。また小雨の風情がしみじみとした舞鶴人の気質をつくった。今後も新しい舞鶴百景を見つけて描いていきたい」と話している。
 入場無料。田主さんによる作品解説のギャラリートークが9月28日、10月5日の午後1時半〜同3時、ステンシル版画を描くワークショップは9月27日午後2時半から。
【問い合わせ】電話66・1019、市文化振興課

写真左から=三角形の作品について話す田主さん
        旧北吸浄水場から眺めた「港の見える丘」
        小橋の民話を描いた作品
        民族博物誌シリーズ。スーダンでは祝い事の際、植物染料で手に模様が描かれる













関西電力に売電
神崎に太陽光発電施設
昭電工業 市の融資受け

 上安久の電気設備工事業「昭電工業」(西村彌社長)が、東神崎の神崎海水浴場沿いの自社所有地に商業用の太陽光発電施設を設置し、9月5日から関西電力への売電を始めた。
 同社は約1400平方メートルの自社所有地を有効利用するため、発電容量48・96キロワットの太陽光発電施設2基を設置した。年間発電量は8万8846キロワットで、一般家庭25世帯分の消費電力量に相当する。事業費は約3,000万円で、3分の1は環境への設備投資を対象にした市の融資制度を受けて完成させた。
 9月15日には現地で関係者ら約20人が出席し、竣工式の神事が営まれた。西村社長は「これから進むべき道の1つである設備が完成し、今後も地域活性化に力添えするのが我々の務めと思い取り組んでいきたい」と語った。

写真左=昭電工業の太陽光発電施設
写真右=竣工式であいさつする西村社長(左)



2014年9月19日

生活訓練、交流へリハビリ
市身障センター 高次脳機能障害など支援
当事者、家族も気軽に参加を

 交通事故などで脳が損傷して、記憶力や集中力の低下などの後遺症が残る高次脳機能障害などの人を対象にしたリハビリテーション事業が、余部下の市身体障害者福祉センターで実施されている。日常生活の中の動作やカードを使った機能の回復に向け、作業療法士らが支援している。障害者と介護者同士の交流の場になっている。
 脳疾患などの病気や事故が原因で脳が損傷し、機能障害が起きた状態を高次脳機能障害という。新しいことが覚えられない記憶障害、複数のことが同時にできない注意障害、感情と行動をコントロールできない、計画を変更できなかったり、金銭管理ができないなどの症状がある。外見は以前と変わりがないため、周囲に理解されないことが多い。
 身障センターは地域活動支援センター事業として、高次脳機能障害者等リハビリテーションを実施する。高次脳機能障害の3人のAグループと、言葉に障害を持つ失語症の5人のBグループに分かれ、作業療法士や言語聴覚士らがグループワークを通じて、機能回復や前向きな気持ちになるよう指導している。
 Aグループでは生活に密着した訓練を取り入れ、自分で服を着たりカキ氷を作ったり、野外でトマトの栽培などをする。また、家族から話を聞き、介護者の気持ちの負担の軽減も図る。
 Bグループでは食材を書いたカードを使って、予算内に食材を選び代金を計算する作業、日記をつけたり、記憶を蘇らせる発語の訓練などに取り組む。中丹脳機能障害者と家族の会「さくらの会」のメンバーもボランティアで支援する。
 脳梗塞を起こした常塚武さん(81)=朝来中=は「以前は家にひっこんでいたが、ここに来ていろんな人に会え話もできるようになり楽しい」と笑顔で述べた。
 同センター保健師の古澤静枝さんは「高次脳機能障害は診断するのが難しいと言われていますが、潜在的には家に閉じこもっている人は多いとされます。当事者だけでなく、家族の方たちにも気軽に来ていただければ」と話している。  リハビリテーションは第2、4水曜日の午後1時半〜同3時半。
【問い合わせ】電話63・3008、同センター

写真=カードを使って言葉の訓練をする参加者たち



「手話言語法」制定に向けて
府聴覚障害者協舞鶴支部
手話サークル「つたの会」
学習会で議論

 府聴覚障害者協会舞I支部と舞I手話サークル「つたの会」が、手話を使う聴覚障害者の権利を具体的に保障するため、法律制定を国に求める声が全国の自治体で高まっている「手話言語法」についての学習会を、このほど余部下の中総合会館で開いた。同支部やサークルの約30人が参加し、法律についての講義を受け、グループで話し合ってその必要性を考えた。
 「手話言語法」は、手話を言語として認め、聴覚障害者が日常生活や職場で自由に手話を使ったコミュニケーションがとれることを定める法律で、制定されると、いかなる場合でも手話通訳者を派遣してもらえたり、手話での子育て支援制度、ろう学校への手話教育の導入、手話に対する正しい知識の啓発を行うことなどが定められる。
 現在全国の34都道府県と、600を超える地方議会で同法制定を求める意見書が可決されている。
 法律制定に向けての活動は府内でも高まっており、舞Iでは同支部と「つたの会」が7月に市会議員の各会派をまわって働きかけ、9月市議会で意見書が提出されることになっている。
 講義では、府聴覚障害者協会の松本正志理事が、2011年に改正された障害者基本法に「言語に手話を含む」と明記されたことにより理解が進み、昨年から今年にかけて自治体による「手話言語条例」が鳥取県や北海道石狩市などで成立している事例を挙げ、府では国による法律の制定に向けた運動が進んでいることを伝えた。
 グループでの話し合いでは、法律が制定されても、健常者が手話を必要と思えるようになるのか、などの課題が挙げられた。
 同支部の市村由希子事務局長は「今後は市民に向けての学習会も開き、活動への理解を深めてもらいたい」と話している。

写真=「手話言語法」について話し合いをする市村事務局長(中央)と参加者たち



2014年9月16日

卒寿記念 「谷は花筏」出版
京田の上羽さん 90歳で初短歌集
同人「飛聲」に綴った650首掲載

 旧舞I高等女学校在学中に短歌を始めた、京田の上羽玉枝さん(90)が、卒寿を記念した初めての歌集「谷は花筏(はないかだ)」(現代短歌社刊)を出版した。朝代神社の西村尚宮司が主宰を務める同人「飛聲(ひせい)」で、1995年から2012年の間に詠んだ歌の中から選んだ約650首を掲載。三世代で同居する家族への思いや、自然豊かな自宅周辺の四季の様子などが綴られている。
 上羽さんは女学校在学中に学んだ小倉百人一首で短歌に興味を持ち、歌を書き溜めるようになった。女学校を卒業した1941年に太平洋戦争が始まり、戦後も子育てに追われて短歌から遠ざかっていたが、子供が小学校に入学してからは育友会活動の一環で短歌同好会に入会するなど、歌を詠むことを続けてきた。
 80年に「舞I歌人会」に入会してから本格的に短歌を始め、95年に西村さんが主宰を務める同人「飛聲」に参加。以来、舞I支部の「鶴の会」に毎月1回参加し、短歌の勉強を続けている。(飛聲短歌「鶴の会」は本紙にも掲載中)
 歌集では、タイトルになっている桜の花びらの花筏が、奥山から自宅横の谷川を流れ下ってくる様子を詠んだ「深山なる晩生桜か花筏の浮かぶ谷水植田に灌ぐ」や、花の水やりのひとときを詠んだ「カサブランカの密吸ふ揚羽と花畑に水やる我と夕ざれの逢ひ」、家族との思い出を詠んだ「三世代揃ひて盆の墓参りその百段にわが遅れつつ」などが収められている。
 上羽さんは「良い記念になり、家族や今までお世話になった方々に感謝しています。体力が続く限り短歌を詠んでいきたい」と話している。

写真=上羽さんと短歌集「谷は花筏」



楽器寄贈で音楽活動を支援
文化教育財団 日星高吹奏楽部へ

 上安久の日星高校(水嶋純作校長)吹奏楽部に9月10日、舞鶴文化教育財団(高橋照理事長)からユーフォニウムなど楽器3本(50万円相当)が寄贈された。部員たちはさっそく楽器を手にして、お礼の演奏をした。
 楽器が少なく部員が集まらず休部状態が続いていたが、窮状を聞いた同財団が過去3年にわたってドラムやチューバなどを贈って支援。徐々に部員も増え今年は1〜3年の20人が所属し、海フェスタ京都や地域のイベントなど多数の出演依頼を受け、活躍の場が広がっている。
 今回はトランペット1本、フルート1本などの寄贈を受けた。目録を手渡した同財団の高橋てる恵理事は「音楽は人の心を元気にします。地域に出掛け素敵な音楽を聴かせてください」と述べた。
 部長の福原絵美子さん(2年)は「舞鶴を盛り上げるため少しでも貢献できればと思います。地域の皆さんから応援していただけるような吹奏楽部にしていきたい」とお礼を述べた。

写真=楽器を手にする部員と寄贈した高橋理事(左端)



2014年9月12日

宮城県の小学校に遊具届けよう
倉梯小が4年目のアルミ缶回収
津波被害 閖上小の児童へ支援続ける

 東日本大震災で津波の被害に遭った宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)小学校への支援を続ける、行永の倉梯小学校(泉高男校長・児童543人)で9月1〜5日、児童たちがアルミ缶回収に取り組んだ。4年目になる今年度は登校時の児童に加えて、地域の人たちからの持ち寄りも増え、昨年度を上回る数のアルミ缶が集まった。換金して遊具を購入し、メッセージを添えて閖上小に届ける。
 アルミ缶回収は、2011年9月にあった全校集会で、被災地に派遣された市社会福祉協議会職員の話を聞き、当時の児童会が提案。換金したお金を義援金として宮城県宮城郡七ヶ浜社会福祉協議会にメッセージを書いた千羽鶴とともに送った。
 12年度からは同校の教諭が支援で訪れた閖上小に、換金したお金でけん玉や縄跳びなどの遊具を購入して送り続けている。昨年度は換金した1万3,000円でダブルダッチ用の縄跳び3組と長縄跳び6本を購入し、届けた。
 これまでは3学期に遊具を送っていたが、今年度は5月に同校であった、宮城県名取市のNPO法人地球のステージ代表・桑山紀彦さんの講演で被災地の現状を聞き、児童たちに少しでも長く遊具で遊んでもらおうと、回収時期を9月に早めた。
 登校時に児童会本部が東門の前で、児童や地域の人が持ち寄ったアルミ缶を、約20キロ分入る大きな袋に回収した。今回は夏休み後ということもあってビールなどの缶が多く、昨年の6袋分を超える10袋分が集まった。今後、遊具を決めて購入し、10月中に送ることにしている。
 6年生で児童会会長の津田響太郎君(12)は「閖上小には友達を失った人もいるので、届けた遊具で思いっきり遊んでほしい」と話していた。同校児童会の継続した取り組みは今年度、舞I市から青少年善行表彰を受けた。

写真=登校時に持ち寄られたアルミ缶の回収を行う児童たち。昨年度を上回る数が集まった













第25回市長旗全舞鶴少年野球
共楽少年ク、一丸で初優勝
下級の部 準優勝は中筋ク

 第25回市長旗全舞鶴少年野球選手権大会(舞鶴野球連盟主催、舞鶴市民新聞社など後援)下級の部の準決勝、決勝が9月6日、行永の舞鶴球場で行われた。決勝は共楽少年野球クラブが8―3で中筋少年野球クラブを降し、初の優勝に輝いた。
 小学5年生主体の下級の部には12チームが出場。ベスト4には共楽、中筋、余内少年野球ク、明倫ヘッピリーズが勝ち上がった。準決勝は共楽と余内、中筋と明倫ヘッピリーズの対戦となり、共楽が4―2、中筋が10―5で決勝に進んだ。
 決勝は3回表に中筋が出塁したランナーをスクイズで1点を先取し、続いて相手投手のボークとワイルドピッチで計3点を取った。共楽は4回裏に反撃。ツーベースヒットを足がかりにタイムリーヒットで1点を返した。その後、ツーアウト満塁から連続四球の押し出しなどで計8点を取り、時間切れで8―3のスコアでゲームセットとなった。
 閉会式では同連盟の倉橋貢会長が、優勝した共楽クラブに市長旗、舞鶴市民新聞社杯などを、また両チームの選手に記念のメダルを贈った。
 共楽主将の田村俊介選手(中舞鶴小5年)は「あぶない場面もありましたが、みんなが一丸となってあきらめずに戦いました。優勝できてうれしいです」と話していた。
 共楽クは今春の第43回中信杯全京都学童軟式野球春季大会で3位、8月の筑後川旗第31回西日本学童軟式野球大会で準優勝した。

写真左=優勝した共楽少年野球クラブ
写真右=準優勝の中筋少年野球クラブ



2014年9月9日

よしださんと教室生ら
全ての仮設住宅に届ける
大船渡の被災者へ 三角クッション2532個
「今後も何らかの形で支援を」 現地の志田さんも協力

 七条中町の洋裁デザイナーのよしだ敦子さんと教室生たちが、東日本大震災で被災した岩手県大船渡市の仮設住宅に暮らす市民たちへ、三角クッションを作って送る取り組みを震災直後の2011年5月から続け、このほど37カ所全ての仮設住宅に配り終えた。総数は2532個。最後の三角クッションをよしださんらが現地を訪れ住民たちに手渡した。
 被災地への支援金をつくるため、バザーで三角クッションを製作販売したのが始まり。硬い床の避難所で休むときに使ってもらおうと、洋裁教室の生徒と友人たちに協力してもらいながら、毎月50個を目標に作り、知人の紹介で知り合った志田克子さんあてに発送し、志田さんが被災者に届けてきた。
 避難所から仮設住宅へ被災者が移った後も、全ての仮設に届けようと継続してきた。自主的に集まってくれた生徒たちがクッションを三角に畳み、布地を裁断し、ポケット付けなど役割分担して完成させる。材料費と送料はよしださんが負担するだけでなく、市民と生徒たちも応援してきた。
 11年7月には直接被災地を訪れて渡し、これまでにお礼の手紙も多数届いた。身ひとつで高台に逃げた美容師からは「仕事を再開し、美容室の椅子の背もたれに使っています」と書かれ、作り手にも励みになった。
 最後となった長洞(ながほら)地区の仮設住宅に向け300個を作り、8月25日に4人が現地に運んで一人一人に手渡し、住民と交流したり町を見て歩いた。新設の宿泊施設が完成し、漁港も多くの人で活気があり、復興へ向かっていると感じる一方、仮設住宅は傷みが進んでいた。
 よしださんは「自主的に手伝ってくれた生徒と友人たち、そして現地に志田さんという協力者がいてくれたからこそ続けることができ感謝しています。三角クッションは一区切りですが、また何らかの形で支援できれば。被災地の記憶を風化させてはいけません」と話していた。

写真=大船渡の人たちへ届けた最後の300個とよしださん(右端、よしださん提供)



豪雨の被害へ 市民ら福知山支援呼びかけ
収益を寄付 9月23日にバザーや撮影会
商品提供、参加者募る

 8月の豪雨で大きな浸水被害を受けた福知山市を支援しようと、市職員やNPO法人の役員ら市民有志が「ガンバレ福知山!応援隊」を結成し、応援バザーを9月23日午後1時から同4時、北吸の赤れんがパーク4号棟1階で開催する。ウエディングドレスなどを着て記念撮影する企画も行われ、収益を義援金として福知山市社会福祉協議会に寄付する。商品の提供と参加を呼び掛けている。
 ウエディングドレスを着ての記念撮影は、赤れんがパークでの結婚式などを手掛ける、浜のサン・ルーチェのブライダルコーディネーター・和田ななほさん(31)が企画し、支援への協力を申し出た。和田さんは「なかなか着る機会がないドレスなので、福知山を支援する気持ちを込めてたくさんの人に着ていただきたい」と話している。
 女性用ドレス15着やパートナーの男性用タキシード、子ども用ドレスも用意され、年齢を問わず誰でも参加できる。料金は1人2,000円で予約優先。画像データをスマートフォンなどにその場で送る。写真撮影の予約・問い合わせは電話0120・933・387、サン・ルーチェ。
 バザー商品の提供は持ち込みで、9月22日午後1時〜同5時、同23日午前9時〜正午に赤れんがパーク4号棟で受け付ける。会場内では義援金も募る。
【問い合わせ】電話63・4858、ギャラリーサンムーン

写真=イベントで行われるウエディングドレス姿記念撮影の告知チラシ



2014年9月5日

風景の輝き追求し創作
齋藤正幸さん(喜多) 画集「ふるさとの四季」出版
人と自然の美しさをテーマに

 喜多の会社役員、齋藤正幸さん(64)が、水彩画で茅葺き民家や舞鶴の風景などを描いた画集「淡彩画 ふるさとの四季」(縦・横20センチ四方、80ページ)を、このほど自費出版した。風景が最も輝くような構図を考え、機械設計を行うエンジニアの腕を活かし、丁寧にスケッチと彩色をして仕上げている。23年間に描いたものの中から70点を収録した。
 元々絵が好きだったが、20代から我流で旅先で風景を書き始めた。1989年に京都ゼミナールハウス主催のスケッチ教室に参加しかやぶき民家を描き、2人展を開いたこともあった。その後、南公民館で活動する絵画サークル「蒼」に入会、舞鶴出身で門真市在住の画家、奥野北雄さんから指導を受け、創作に没頭する時間を持った。
 直感的に美しいと思った感動を作品づくりのモチベーションの源泉とし、気に入った風景や構図にこだわる。当初はうまく模写することを一番にしていたが、その後は車に一番似合う背景の建物を考えたり、建築物にふさわしい花を描きこんだりと独自の風景を創作している。
 3、4年前から画集の制作を思い立ち、準備を進めてきた。舞鶴のコーナーでは吉原入江、三浜と小橋の漁村、赤れんが倉庫と赤いバラの花など、京都のページには金閣寺、八坂の塔が見える東山の散策路、旅で訪れた信州のコーナーでは千曲川と山並、白川郷のかやぶき民家などを掲載した。
 また、98年から3年間、米国デトロイトに赴任した際、クラシックカーのオークションを目にし、ジャガーやコルベット、T型フォードなどを描き、それらにワイン工場など思い思いの背景を配置した絵も収めた。
 齋藤さんは「自然に抱かれた人間の造形物を被写体に、人と自然との調和の美をテーマに描いてきました。手に取って下さる方の心を豊かにする一冊になれば」と話している。友人らに贈ったほか、残る約180部は希望者に実費で配布している。森のとけい(電話76・1153)、アールココ(電話75・0555)、ギャラリー・サンムーン(電話63・4858)で扱っている。

写真=初めての画集と齋藤さん












市長旗少年野球大会
福井ク2年ぶり6回目の優勝
学童上級の部 朝来クが準優勝

 第25回市長旗全舞鶴少年野球選手権大会(舞鶴野球連盟主催、舞鶴市民新聞社など後援)の学童上級の部(小学6年生主体)の準決勝、決勝が8月30日、行永の舞鶴球場などで行なわれた。決勝は福井少年野球クラブと朝来少年野球クラブの対戦となり、福井少年野球クが3―0で勝ち、2年ぶり6回目の優勝を果たし、朝来は初めて準優勝した。
 学童上級の部には14チームが出場。準決勝と決勝は8月16日に予定されていたが、雨のためこの日に順延された。
 準決勝は福井少年野球クと共楽少年野球クが対戦。4月の第43回中信杯全京都学童軟式野球春季大会で、福井が優勝、共楽は3位と好調なチーム同士がぶつかり、2―0で福井が勝った。もう1試合は朝来少年野球クが4―0で明倫ヘッピリーズを降し、初めて決勝に進んだ。
 決勝は1回裏に福井が1点を先取した後は投手戦が続いた。両チームともランナーを許すが堅い守備で得点を許さなかった。6回裏に福井はヒットや死球で出たランナーが盗塁し、サードゴロとレフト前ヒットで2点を取り、3―0と完封勝利した。
 閉会式では同連盟の山内重紀副会長から福井クに市長旗、舞鶴市民新聞社杯が贈られ、グラウンドに勢揃いした両チームの選手に記念のメダルが手渡された。
 福井クの奥野翔琉主将(福井小6年)は「準決勝、決勝と守りきり優勝ができてうれしい。自分たちの力が全部出せた」、共楽を完封した谷口遼馬投手(同)は「ボールが走り抑えることができました」、決勝で完封した山田悠翔投手(同)は「最初は緊張したけれどだんだんしっかりと投げることができ、ヒットを打たれてもバックが守ってくれました」と喜びを話していた。

写真左=優勝した福井少年野球クラブ
写真右=準優勝の朝来少年野球クラブ



2014年9月2日











被災地と共に生きる
日星高生徒 東日本大震災と大雨の現場で活動
文化祭で活動報告 支援の継続必要性感じる

 私立日星高校(水嶋純作校長)の生徒たちが、東日本大震災や8月の大雨による被災地を続けて訪れ、支援活動に取り組んだ。学校が目標とする「人と共に生きる」を生徒たちが実践し、現場に出向いて住民たちの声に耳を傾け、一緒に汗を流している。現地の体験から継続した支援の必要を実感している。
 これまで生徒たちは募金活動や折り鶴づくり、励ましのメッセージを集め、東北を訪れて贈ってきた。宮城県名取市の幼稚園の再建も支援している。釜石市など現地にも入って、がれきの撤去などボランティア活動もしてきた。
 被災地での作業は今回で3回目。生徒会の6人と教員2人が8月20日〜24日、現地のスタッフの指示で宮城県気仙沼市や石巻市、南三陸町などに分かれて向かった。
 津波をかぶった田んぼから石を取り除き、仮設住宅や小学校でお年寄りと小学生たちと交流したり、定置網の手入れなどを手伝った。宮城県ではがれき撤去のボランティア受け入れを打ち切ったが、小学校グラウンドにガラス片が残っているなどする。
 生徒会長の高原寧々さん(3年)は「沿岸部はまだかさ上げ作業をしている段階で、以前の生活には程遠く、復興は進んでいない」、同会議長の塩見恭平君(同)は「田んぼでの石取り作業は30人ほどでやりましたが、1日で1メートルも前に進まない。ボランティアが足りていないと感じました」と話していた。10月2日の文化祭で活動報告をする。
 一方、大雨による農地や市街地が冠水した加佐地区と福知山市でも、先月に支援に出掛けた。福知山市から通っている生徒もおり、自宅が床上浸水などの被害を受けた。
 福知山市内には看護科5年課程の1、3年71人が8月25日、森垣地区などで住宅に入って約30センチに堆積した土砂を運び出した。その後、水で洗い流したがさらに山から水が流れ込み、同じ作業の繰り返しになった。
 吉田優花さん(3年)は「家からの泥出しは機械でできないのでボランティアが必要だと思った」、田中加奈さん(同)は「町外れに行くと復旧作業は進んでいない。声をかけて継続して支援することが大切です」、3階に自宅のあるアパートの1階部分が浸水した由利優佳さん(同)は「クラスメートたちが福知山のまちにボランティアに来てくれてうれしい」と話していた。

写真左=石巻市の田で石を取り除く生徒たち(日星高提供)
写真右=福知山市の民家で土砂を運ぶ生徒ら(同)



来年結成65周年
戦後硬式テニスの普及努める
舞鶴ローンテニスクラブ 記念誌作成に助成金

 戦後間もないころ、府北部で硬式テニスの普及に取り組んできた舞鶴ローンテニスクラブ(江宮文夫会長)が、1950(昭和25)年の結成から来年で65周年を迎える。記念事業として記念誌を作成するにあたり、公益財団法人舞鶴文化教育財団から助成金20万円の寄付を受け、このほど浜の市商工観光センターで授与式があった。
 48年ごろ、舞鶴に駐留していた日系2世の米国兵と市民がテニスの試合をしたのがきっかけで、浜の財務局外国人宿舎テニスコートの使用が許され、市職員や教員らが市内で初となる硬式テニスクラブを設立した。大会なども開き、スポーツの機会の少ない戦後、テニスの振興を図った。
 現在は70人の会員がおり、丸山と前島のテニスコートで練習をし、シニアや一般などの大会に出場している。来年4月に記念誌の発行、記念大会の開催を予定している。
 授与式では、同財団の高橋照理事長が、記念事業準備委員会の河端謙治委員長と江宮会長に助成金の目録を手渡した。高橋さんは「65年の歴史を大切に今後も楽しく元気に継続してください」と述べ、江宮会長がお礼を述べた。

写真=高橋理事長から目録を贈られる河端さんと江宮さん(左から)



サイトマップお問い合わせメールマガジンお申込み
当サイトに掲載されている情報・画像を、無断で転用・複製することを禁じます。
Copyright © maizurushiminshinbun all rights reserved.