舞鶴市民新聞社の運営する舞鶴市近郊ローカルニュースサイト
      Web みなと舞鶴    http://www.maipress.co.jp
現在地は?
ホーム>> 過去のトピックス >>2015年5月
2015年5月29日

銃後の戦争体験、後世に
市民グループが一言集発刊 元軍国少年少女100人から手記
空襲、動員、家族の戦死 リアルな気持ち掘り起こす

 舞鶴空襲の聞き取りなどをしてきた市民グループ「戦争・空襲メッセージ編さん委員会」が、家族の戦死や学童疎開、動員作業など市民生活の中の戦争体験を集めた「私の『戦争時代』100名の一言集」(A4版、121ページを発刊した。戦後70年を機に戦争体験を語り継ぐため、かつての軍国少年少女の100人から手記を募った。
 1945年7月29日に舞鶴海軍工廠へ投下された米軍の模擬原爆の爆弾による舞鶴空襲の体験を記録するため、委員会は聞き取りや座談会、手記などをまとめた本を2012年に刊行した。昨年7月には軍需工場で働かされた元動員学徒と委員たちが、爆撃地近くの共楽公園に、犠牲者を追悼する慰霊碑を建立し集会を開いた。
 そうした活動をする中、子供ながらに戦争が日常だった銃後の体験を子や孫に伝えたいとの思いが委員会に寄せられ、事務局長の関本長三郎さん(71)=大波上=が中心となり、一言集づくりを始めた。手記を寄せた市民は国民学校の生徒や看護婦、勤労学徒らで、現在の平均年齢は84・5歳になる。
 山本五十六元帥の戦死の報道を受け、15歳だった女子学生は自分の至らなさを振り返り、「元帥の英霊に心からお詫びを申さねばならぬ。(中略)元帥の英霊に謹んで誓ふ。我等は食べる物は食べずとも敵米英は必ず撃滅致します」と当時書き残した。  15歳の男子学生は終戦の日のラジオ放送を聞き、当時の日記に「我等の予期したこととは完全に裏切られた」「必ず勝つと信じて玉砕しられた人達を犬死させてもよいものか」、さらに「敵の軍門に降る前に潔く枕を並べて討ち死にするのみ。これが我国古来の武士道精神だ」と記し、高揚感に包まれた時代の空気がありありと伝わってくる。
 関本さんは「弾薬や船も作れない日本の状況が分かっているのに、一瞬にして神風が吹き日本が必ず戦争に勝つと多くの日本人が信じていたことからも、戦時教育が徹底されていたことがうかがえます。戦争を支える市民のリアルな気持ちを掘り起こすことができました」と話している。
 500部作成した。1冊1,188円。市内の書店で販売している。
【問い合わせ】電話62・5736、委員会


写真=寄せられた手記(手前)を元に作成された一言集の本


6月5日、中総合会館で
学童疎開の体験語ろう

 学童疎開の体験を語る集い(同実行委員会主催)が、6月5日午後2時から余部下の中総合会館で開かれる。参加を呼びかけている。
 敵からの攻撃の被害を減らすため、親から離れて子供たちを地方に移動させる学童疎開は、1945年に全国12都市で実施された。舞鶴では同年4月から市内8つの国民学校の3年生以上の1331人が丹後の寺や旅館などに疎開した。子供たちは空腹や親に会えない寂しさの日々を過ごした。
 集いでは各国民学校出身の8人が「開墾と農作業」「空腹とのたたかい」などをテーマに話す。資料代300円。
【問い合わせ】電話62・5736、委員会












まいづる細川幽斎田辺城まつり
芸屋台で「子供歌舞伎」初再現
恒例の武者行列も練り歩く
前夜祭では明倫小児童が籠城戦語る

 第24回まいづる細川幽斎田辺城まつり(同実行委員会主催)が5月24日、南田辺の舞鶴公園一帯で開かれた。細川幽斎の田辺城籠城戦をモチーフにした芝居や行列など様々な催しが行われ、23日の前夜祭も含め約3万3000人(主催者発表)の人出でにぎわった。
 今年は初めて、昭和30年ごろまで朝代神社の祭礼で演じられていた「子供歌舞伎」復活への試みが行われた。寺内、魚屋、新町、竹屋の4地区の芸屋台に、小学生の男女が武者などに扮して2人ずつ乗り込み、明倫小6年生児童による「田辺籠城」の講談に合わせて寸劇を披露。籠城戦の一場面を演じ、刀を構える姿などに多くの観客から拍手が送られた。
 恒例の武者行列では、海上自衛隊員らが扮する鎧武者や、幼・保育園児のちびっこ武者、町内太鼓、クイーンまいづるによる細川ガラシャ、韓国民団舞鶴支部の「サムルノリ」らが西地区市街地を練り歩き、祭りを盛り上げた。
 前夜祭は23日夜、舞鶴公園で開かれた。明倫小学校5年生たちが、田辺籠城戦での幽斎の活躍を描いた講談を演じるなどした。
 舞鶴よさこい連の踊りで前夜祭がスタートし、続いてみつる幼稚園児たちが長い台詞の田辺八景の場面を大きな声で演じ、よさこいにっぽん聖も踊りを披露した。
 明倫小5年生たちは「田辺城籠城の一席」を発表。城で采配を振るう幽斎の様子、幽斎を助けようと使者を送り出すいきさつなどを、武将などになりきって語った。
 公園内には市内の園児たちが描いた絵灯籠450基が置かれ、夕闇に灯りが浮かび上がった。


写真左=芸屋台に上った子供たちが明倫小児童の講談に合わせて演じた「子供歌舞伎」
写真中=田辺城門を出発する武者行列
写真右=講談を演じる明倫小5年生たち(前夜祭で)


2015年5月26日

女子高校生8人 夢の実現語る
国際ソロプチミスト舞鶴 ユース・フォーラム
日星高の福原さんが代表に

 国際ソロプチミスト舞鶴(河田礼子会長)が5月17日、円満寺の舞鶴グランドホテルでクラブユース・フォーラムを開催し、市内の女子高校生たちが「夢を実現しよう―女性と女児に輝く未来を―」をテーマに、スピーチとディスカッションを行った。
 ソロプチミストは職業を持つ女性たちでつくる国際的な社会奉仕団体で、日本では5つのリジョンに分けられ、舞鶴は日本中央リジョンに属する。ユース・フォーラムは次代のリーダーの養成を目的に同リジョンが2年に一度開き、今回で9回目。
 東、西高、日星、舞鶴高専から8人が、男女平等のあり方や女性の社会進出などについて論文を発表した。審査の結果、日星高校3年の福原絵美子さんが舞鶴の代表に選ばれた。
 福原さんは、フィリピンでのボランティア活動で感じた、発展途上国の女性たちが教育を受けられず、知識も設備も無い中、10代で結婚や妊娠を受け入れるしかない現状を指摘。女性教育によって子供の命と未来は守られ、子供の夢を叶えるチャンスをつくることが貧困の連鎖を止めると述べ、「医療の知識や技術が未発達な地域で、母親や妊婦さんに正しい知識を伝えて子供を守りたい」と、看護師として発展途上国で働く将来の夢を語った。
 7月に大阪府吹田市で開かれるフォーラムに出場し、各地の学生たちと討論を行い交流する。


写真=看護師として発展途上国で働く将来の夢を語った福原さん


夏の京野菜、好天で成育順調
「万願寺甘とう」出荷始まる

 舞鶴で栽培が始まった京の伝統野菜「万願寺甘とう」の初出荷が、5月18日から始まった。JA京都にのくには、舞鶴市と綾部市と福知山市で出荷量450トン、販売額2億7000万円を目指す。
 大正末期ごろに万願寺地区で栽培が始まったとされる。肉厚で柔らかく甘味があるのが特徴で、夏の京野菜を代表する。
 昨年は一時に出荷が重なり値崩れすることもあったが、出荷量483トン、販売額は過去最高の2億5363万円だった。今年度は舞鶴市内で生産者は137人、栽培面積6・4ヘクタールになる。3市全体では402人、15ヘクタールにまで広がっている。
 収穫された甘とうは下福井のにのくに選果場に集められ、形などによって「秀」「優」「良」の3等級に選別され、京都市場へ約8割、首都圏に約1割出荷される。
 初出荷に合わせ選果場で出発式が行なわれ、万願寺甘とう部会協議会の米原浩朝会長が「生産者、JA、行政が協力し1つのチームになって目標達成へ盛り上げていきたい」とあいさつした。
 今季は植え付け後に低温と日照不足が続いたが、最近の好天で順調な成育を回復し出荷量も増えてきた。
 市内で最大の栽培面積で生産する西方寺の添田潤さんは「首都圏への販路の開拓をしていきたい」と話していた。


写真=収穫されて選別される万願寺甘とう


2015年5月22日










明後日朝顔 土とアートで交流
5月30、31日 全国会議で苗植えや報告会
赤れんがパーク 5号棟2階、旧丸山小で

 アーティストの日比野克彦さん(56)が2003年に新潟県十日町市の莇平(あざみひら)で始めた、朝顔の育成を通して地域を繋げるアートプロジェクトの全国会議、「明後日朝顔会議2015in舞鶴」(torindo、市など主催)が、5月30、31日に開催される。監修の日比野さんも両日参加し、各地の情報を共有する報告会や、廃校を活用した苗植え、アートとスポーツを融合したサッカー大会などで、全国から訪れる参加地域と市民が交流する。参加無料。
 30日は北吸の赤れんがパーク5号棟で、午前10時から午後2時に、市内の子育て中の母親たちでつくる「まんま・みーあ子育て部」が子ども用品交換会を行う。午後1時半から同5時には、普段入ることができない2階が特別開放され、参加地域による活動報告などがある。2階への入場は自由。
 31日は三浜の旧丸山小学校で、午前9時から、市内に唯一残る木造校舎を活用した朝顔の苗植えとロープ張り。同11時からは、全国の参加地域が持ち寄った自慢の具材を使った「おにぎりの会」(有料)、日比野さん考案の段ボールなどでゴールやボールを手作りしてチーム対抗のミニサッカーを行う「ヒビノカップサッカー大会」が行われる。誰でも参加できる。
 「明後日朝顔08年から市が受け入れ参加している。各地で収穫された種を育成して由来を伝え継いでいくのが特徴で、苗植えの時期には毎年、希望する地域が開催地となって全国会議が開かれ、地域と人を繋いでいる。
 舞鶴では10年から3年間、同プロジェクトが発端となった、朝顔の種の形をした自走船を造船する「種は船in舞鶴」(NPO法人赤煉瓦倶楽部舞鶴、市、torindo主催)が行われ、参加した市民有志が発起人となり、昨年の水戸での会議で、今年の開催地に名乗りを上げた。30日には、舞鶴を12年に出港した自走船「TANeFUNe」の今後の活動報告も行われる。
 明後日朝顔舞鶴チームの永野篤史さん(31)は「土とアートに触れる機会を思いっきり楽しんで欲しい」と参加を呼びかけている。
【問い合わせ】電話080・2411・0790、torindo(トリンド)


写真左=31日に「ヒビノカップサッカー大会」などを開く旧丸山小で全国の苗を植える準備作業を行った明後日朝顔舞鶴チームの市民有志たち(torindo提供)
写真左=来鶴する日比野さん(ヒビノスペシャル提供)


舞鶴ユネスコ協会賞
7個人、2団体が受賞
教育賞に明倫小「講談」伝承隊

 舞鶴ユネスコ協会(古森輝彦会長)の第30回協会賞表彰式が5月17日、南田辺の西総合会館で行われ、教育、文化、体育の振興に貢献した7個人と2団体が表彰を受けた。
 教育賞は、5年生児童が細川幽斎の史実を基にした講談「田辺城籠城の一席」を2010年度から田辺城まつりで披露している「明倫小学校『講談』伝承隊」、一条卓球クラブを主宰し、多くの一流選手を輩出した小畑喜生さん(74)=浜=、舞鶴書道連盟顧問として市の書道界の発展に力を注ぐ中邑重夫さん(76)=昭和台=が受賞。
 文化賞を、箏アンサンブル斗為巾で活動し、昨年の全国高校生邦楽コンクールで優勝した東高出身の尾松優希さん(18)=矢之助町=、田辺出身の儒学者・野田笛蒲の漢詩集の訳注本や丹後出身の医師「新宮涼庭集」を自費出版した公文公雄さん(78)=泉源寺=が受けた。
 体育賞は、昨年の筑後川旗第31回西日本学童軟式野球大会で準優勝した共楽少年野球クラブ(西田健一代表)、元東高ボート部員で、昨年の国民体育大会の男子舵手付クォドルプル競技の部で上位入賞した河口海平さん(18)=和田=と男子ダブルスカル競技で上位入賞した小嶋勇智さん(18)=金沢工業大1年=、余内少年野球クラブのコーチ、運営スタッフとして38年間に亘り人材を育成した片岡敏郎さん(77)=福来=が受賞した。


写真=表彰を受ける明倫小の児童


2015年5月19日

籠城戦エピソード にぎやかに
5月23、24日 第24回細川幽斎田辺城まつり
子供歌舞伎初めて再現
講談、武者行列、和太鼓演奏など

 第24回まいづる細川幽斎田辺城まつり(同実行委員会主催)が5月24日、南田辺の舞鶴公園一帯で開かれる。田辺藩の城下町として発展した歴史を伝えるイベントとして、市外からも多くの観光客を集めている。今年は初めて子供歌舞伎を再現し、明倫小の6年生たちが田辺籠城の場面を演じる。
 城下町だった地域の歴史をまちづくりに活用して賑わいを生み出そうと、田辺城城門の再建を機に、西地区の住民たちがまつりを始めた。
 田辺城を築いた細川幽斎が1600年の関ヶ原の戦いの2カ月前、500の兵で城に立て籠もり、西軍1万5000を釘付けにし徳川方の東軍を優勢に導いた籠城戦や、古今伝授の継承者である幽斎を助けようと、後陽成天皇が使いを三度送って和睦を勧めた史実などを、小芝居や行列などイベント仕立てで紹介している。
 23日は前夜祭。同公園で午後6時開会。みつる幼稚園園児たちによる「田辺八景めぐり」、明倫小5年生14人が講談「田辺城籠城の一席」、よさこいグループによる踊り、市内10の幼稚園・保育園の子供たちが作った絵灯籠の点火などをする。
 24日の本日は午前9時に城門前で開会式、武者などに扮した人たちが芝居仕立てで籠城を開始する。同10時に古今伝授の場面を演じる。同11時から勢揃いした寺内、魚屋、新町、竹屋の芸屋台の前で、明倫小6年生13人が田辺籠城を題材に子供歌舞伎を演じ、武者行列が出発する。
 芸屋台は江戸期に朝代神社祭礼で使われた山車で、子供が歌舞伎を演じながら町を練り歩いたとされ、昭和30年ごろまで祭りに参加していたという。
 講談と子供歌舞伎に向け、明倫小の5、6年生たちは希望者が春休みから練習を始めた。語りや幽斎、ガラシャ役に扮して台詞を覚え、気持ちを込め抑揚をつけながら声を出していた。6年生の櫻井悠花さん(11)は「和歌を読むのが難しいですが、ガラシャになりきって演じられるようにしたい」と話していた。
 正午に武者行列が戻り、午後1時から4つの和太鼓グループが演奏を披露する。同3時の閉会までの間、公園ステージでは市民たちがソーラン節や太鼓演奏を繰り広げるほか、野点、物産展、野菜市、甲冑試着、献血、露店などのコーナーも並び、まつりを盛り上げる。
 雨天の場合は内容を変更して西市民プラザで行なう。
【問い合わせ】電話75・0933、舞鶴商工振興会内の事務局


写真=子供歌舞伎の練習をする明倫小6年生たち


桑山さん 紛争地での支援を報告
「地球のステージ5」
5月30日、市民会館で
被災地のいまと映画上映も

 紛争が続くパレスチナ・ガザや東日本大震災の被災地などのいまを報告する公演「地球のステージ5〜果てなき地平線〜」(同実行委員会主催、舞鶴市民新聞社など後援)が5月30日、北田辺の市民会館で開かれる。宮城県名取市の医師、桑山紀彦さんが歌と映像、語りで伝え、その後に映画を上映する。
 桑山さんは中東やアジアなどの紛争地や貧困の地域で医療支援活動を続けながらNPO法人を設立して、難民キャンプでたくましく生きる子供たちの姿を伝える6部シリーズの公演に各地で取り組んでいる。
 2011年の震災では名取市の診療施設も被災したが、家族や自宅を失くした子供や大人たちの心のケアやワークショップ、被災者が語り合う集会所兼津波資料館の建設にもあたった。こうした被災地の復興の歩みも全国で報告し、支援を呼びかけている。
 市民や団体、学校関係者で実行委員会を組織し、舞鶴での公演は今回で6回目になる。来鶴するたびに桑山さんは、日星高校や舞鶴医療センター附属看護学校の生徒たちと交流を深めている。
 「地球のステージ5」は午後1時から。昨年のイスラエルによるガザ地区への空爆とその被害、桑山さんたちが現地で行なう心のケアなど支援の様子などを報告する。また、被災地の現状と被爆地ヒロシマの証言も伝える。
 同3時から桑山さん脚本・監督の映画「ふしぎな石」の上映。子供たちの心のケアの取り組みの一環で制作した。震災の日、孤立した学校で一晩過ごした名取市の閖上小学校の小学生4人が出演し、命の大切さを考える物語が描かれている。
 入場料は前売り1,000円、当日は200円増し。学生は半額。無料で託児もする(要予約)。チケットは市民会館、総合文化会館などで販売中。
【問い合わせ】電話090・5665・1902、橋本さん


写真=被災地の子供たちが出演した映画「ふしぎな石」の1シーン


2015年5月15日










笑顔つながる場に
小倉に「ほっこりステーション」オープン
障害ある子の親たち 願い形に

 障害のある人たちに本当の笑顔でいられる居場所をつくろうと、一般社団法人「ほっこり」(橋本伸子代表)が、小倉に障害者福祉施設「ほっこりステーション」を立ち上げ、5月9日、開所式をした。施設内での作業だけでなく、畑での農作業や積極的に外に出かけて地域の人とつながる活動をしていく。住民との交流の場としても利用を呼びかける。
 「障害のある子供たちの地域生活を考える会」として2002年に発足、14年に一般社団法人を設立し、子供たちの外出などの余暇活動を支援してきた。理事メンバーたちは障害のある子供を持つ親が多く、子供たちが元気に笑顔で過ごせる場をつくろうと、自ら願いを形にすることにした。
 小倉の国道27号沿いにある同ステーションは、生活介護と就労継続B型の事業を行う。定員は知的、身体障害者の20人。現在は舞鶴支援学校を卒業した21、22歳の3人が利用する。広さは190平方メートル、職員は8人。
 様々な作業内容があり、体調に合わせてできる農業を中心にすえようと、堂奥にブルーベリーの苗木115本を植え世話をし、収穫は4、5年後を見込む。このほかにもジャガイモの栽培、杉山の農園でゴボウやフキづくりもしている。
 また、外出してのレクリエーション、創作活動、買物と調理体験、休日に地域コミュニティーの場に利用してもらう事業、災害時の避難などを考える防災支援事業、休日に外出を支援する余暇活動応援事業なども取り組む。
 開所式には福祉関係者、民生児童委員ら約30人が出席し、念願のオープンを祝った。橋本代表は「障害のある一人一人を大切にし、できることを一緒に探しながらやっていきたい。そして地域の人たちにも気軽に立ち寄ってもらえれば。ほっこりが出来てよかったと言ってもらえるよう、これからも力と知恵と心を貸してください」と晴れやかな表情であいさつした。
 ほっこりステーションの問い合わせは電話77・8110。


写真左=思いを語る橋本代表。後方は利用者が描いた絵
写真右=施設の外観


郷土資料館企画展
海運の活躍たどる
5月31日は記念講演会

 江戸時代に田辺藩にも寄港した廻船などに注目した企画展「日本海を駆ける―くらしを支える海運―」が、北田辺の郷土資料館で開かれている。神社に奉納された木造和船や船絵馬、船箪笥など約30点が展示されている。5月31日には南田辺の西総合会館で、甲南大学の出口晶子教授と写真家の出口正登さんの記念講演会もある。
 江戸から明治時代にかけ、日本海経由で大阪から北海道へ運航された北前船は大量の物資を運んだ。舞鶴では由良川河口の神崎や高野川河口の田辺、志楽川河口の市場の各湊に船が寄港し、廻船問屋の商人や船頭たちで賑わった。その地には海運に関する資料などが残されている。
 江戸時代に由良金毘羅神社から眺めた風景を描いた由良浦屏風には左双に廻船、右双に大浦半島の景色と塩焚きの様子を見ることができる。大船を新造した際に安全を祈願して、神崎地区の湊十二社などに奉納した本物のミニチュアサイズの和船、航海の安全を祈って小浜の廻船問屋が松尾寺に奉納し、11隻の廻船が描かれた船絵馬、船頭が手提げ金庫として使った船箪笥などが展示された。
 このほか船の設計図に使われた板図、市場の船頭だった村田氏が各地の神社でもらいうけたお守り、持ち船「神勢丸」の船名板、帆の保守道具などもある。6月21日まで。
 記念講演は出口晶子さんが「海の道、川の道」、正登さんが「港の景観・舞鶴」をテーマに話す。午後2時〜同4時。定員100人。入場無料。申し込みが必要。
【問い合わせ】電話75・8836、同館


写真=奉納された船絵馬や和船


2015年5月12日

身近な公共料金見直しへ
市が懇話会設置 専門家、市民から意見聞く
統一的基準づくりに反映
公民館の使用料、手続きの手数料など

 市の公共施設などの使用料や各種手続きの手数料などの見直しにあたって、基本方針を議論する「受益者負担の適正化に向けた市民・有識者懇話会」の初会合が、このほど浜の市商工観光センターで開かれた。市民に身近な公民館の使用料などが対象で、行政コストに見合った負担を利用者にどの程度求めるか、統一的な基準づくりに向け、市民や専門家から意見を聞く。
 行財政改革の一環として、市が庁内にワーキンググループを設け検討を進めている。対象となるのは公民館や市営駐車場、引揚記念館など使用料や入場料の40施設、住民登録や印鑑証明など40種の手数料。各料金ごとに創設時に独自の基準で決められたが、市全体の算定根拠が統一されておらず、コストは変化する一方、料金は長年見直されてこなかった。
 市が設置した懇話会は公認会計士や団体代表、公募の市民ら7人がメンバー。龍谷大学の今里佳奈子教授が座長に選ばれた。
 事務局の市側から統一的な基準づくりの論点として、どのコストを料金に反映させるか▽公費負担と利用者負担の適切な割合は▽大幅に料金が変わる場合の調整措置など7点を提示。また、8月ごろまで4回の会合を開き、9月までに改正案を作成し、早ければ来年10月から新料金を施行するスケジュール案を示した。
 委員からは「会議などで公共施設を使うことがあるが、同じ収容人数の会議室なのに施設によって利用料金が異なることがある。足並みを揃えてもよいのでは」と言った意見が出た。次回の会合では基本方針の素案が市から提出され、議論をする。


写真=意見を交わす懇話会の委員たち











ガラシャ、光秀、幽斎、忠興
大河ドラマ誘致推進協が総会
3府県12市町の首長ら出席

 細川ガラシャ、明智光秀、細川幽斎、細川忠興にゆかりのある、京都府、兵庫県、福井県の10市2町36団体でつくる「NHK大河ドラマ誘致推進協議会」が5月1日、浜のホテルマーレたかたで今年度の総会を開いた。舞鶴市の多々見良三市長をはじめ各市町の首長、各商工会議所、商工会、観光協会の会長、専務理事ら約70人が出席した。
 同協議会は、ガラシャと父・光秀を中心に、夫・忠興、光秀の盟友・幽斎の4人を巡る物語の大河ドラマ化実現に向け、2011年に発足。府や京都市、熊本県などもオブザーバーとして参加している。
 総会では、新会長に亀岡市の栗山正隆市長を選任。ガラシャと光秀が関連する市町を結ぶ、京都縦貫自動車道の7月の全線開通を機に、広域的な誘致活動を進めていくことや、6月にNHKに要望活動を行うことなどを決めた。
 最後に、熊本県のくまモンや舞鶴市のゆうさいくんなど、参加自治体のご当地キャラ9体も登場し、記念撮影をするなどしてアピールした。
 舞鶴では5月23、24日に、同協議会も後援するリレーイベント「第24回まいづる細川幽斎田辺城まつり」(同実行委主催)が、南田辺の舞鶴公園一帯で開催される。


写真=参加自治体のご当地キャラも登場した、マーレたかたで行われた総会


2015年5月8日









競技の振興に65年
舞鶴ローンテニスクラブ
20代〜80代の会員が練習・交流」

 戦後間もない1950(昭和25)年に舞鶴市で初めて結成された硬式テニスの舞鶴ローンテニスクラブ(江宮文夫会長)が、府北部で競技の振興に役割を果たすとともに、いまもテニスの魅力を伝える活動に励んでいる。創立65周年を迎え、このほど記念大会と祝賀会を開き、記念誌も発行してこれまでの歩みをともに分かち合った。
 48年、舞鶴に駐留していた日系2世の米国兵と、後に同クラブの会長も務める志摩卓二さんがテニスをしたのがきっかけで、浜の財務局舞鶴出張所外国人宿舎テニスコートの使用が許可され、テニス好きの市民が集うようになり、2年後には市職員や教員、自営業者ら16人で同クラブを設立した。現在、市内には13の硬式テニスクラブがあるが、その中で最も歴史を持つ。
 64年には、いまの子育て交流施設=浜=近くに5面の市営コートが開設され、好きな時間に無料でプレーできたことで技術も高まり、クラブの基礎が出来上がった。藤川杯庭球大会は全国大会で活躍した選手が入社する日本板硝子チームが11年連続優勝していたが、80年にローンが12連覇を阻止し、年長の会員たちの思い出になっている。
 会員は最盛期の98年で117人を擁した。ローンに入会して初めてテニスをする人も多く、66歳から始める人もいた。クラブ内に指導部を設け、初心者を対象にした講習会で教えている。いま会員は20代から最年長87歳までの64人。浜の前島と行永の東舞鶴公園テニスコートで練習をし、シニアや一般の大会に出場している。また、練習日や大会結果などを知らせる会報を年4、5回発行し、195号を重ねる。
 記念大会は前島テニスコートで開催、42人が7チームに分かれ、ダブルスによるトーナメントで競った。会員たちは思い思いのプレースタイルで、ラリーを繰り返しボレーなどを決めていた。昨年入会しテニスを始めた犬見智さん(56)は「気の置けない皆さんに温かく迎え入れられ、楽しくテニスをしています」と汗を流していた。
 記念事業を準備してきた河端謙治さん(73)は「ゲーム前にあいさつをし、ボールを拾ったら相手にワンバウンドで返球し、セルフジャッジのマナーを守るなど、品格あるテニスを引き継ぎ大切にしてきました」、江宮会長は「いろんな職種の人たちと交流を深めることができました。ここまで続けてこられたのは役割分担して組織を運営し、会報を発行してきたことが大きい。いつまでもテニスが楽しくできる場であり続けたい」と話していた。
 記念誌はA4版、82ページ。舞鶴文化教育財団から助成を受け完成させた。これまでのローンの活動、大会結果、写真、会員の寄稿などを掲載した。150部作成し、関係者に配布した。


写真左=記念大会に出場した会員たち
写真中=記念大会のプレーの様子
写真右=作成した記念誌


市場でPRキャンペーン
春の恵み 山ブキ味わって
遊休農地対策で栽培販売進める

 京都府中丹広域振興局は、中山間地の遊休農地対策として、舞鶴や福知山などの農家に対して山ブキの栽培を勧めている。このほど下福井の北部地方卸売市場で、府中丹東農業改良普及センター職員が初の販売促進キャンペーンを実施した。
 山間の農地は作物がイノシシやシカなど獣害の被害に遭いやすく、耕作放棄地が増えている。その対策として女性や高齢者にも作りやすく、獣害被害の少ない山ブキの栽培を2006年度から奨励し、11年度から中丹産を「京の山蕗 里いぶき」と名付け消費拡大を図る。山ブキを使ったレシピを募って、料理コンテストもした。
 中丹地区では現在栽培面積は13ヘクタール、その内舞鶴は大丹生や瀬崎などの大浦、白杉、岡田下などの加佐の2ヘクタール。昨年度の同市場での取り扱い量は1・4トンだった。他市と比べて海に近い舞鶴市での出荷は4月上旬と早い。
 キャンペーンでは山ブキをPRする幟を立て、山ブキの白合えの調理法を書いたチラシを出荷された箱に入れ、仲買人たちに取り組みを紹介した。同センターの軽野豊一所長は「中山間地らしい山菜の山ブキを味わってほしい」と話していた。


写真=山ブキをせり落とす仲買人たち


2015年5月1日

寄港地の市民らネットワーク結成
北前船 観光に活用を
第1回フォーラム 5月10日舞鶴で
基調講演、資料展示
「先人が命がけで作った海洋文化、身近に感じて」

 舞鶴や宮津などに寄港した北前船にスポットを当て、観光資源に活用しようと、航路地の市民らがネットワークを結成し、第1回海の京都「北前船」フォーラムin舞鶴(同実行委員会・SKY舞鶴クラブ主催、舞鶴市民新聞社など後援)を5月10日、南田辺の西総合会館で開く。基調講演などのほか、市民らが北前船を学んできた資料を展示する。来場を呼びかけている。
 北前船は江戸時代から明治時代にかけ、大阪と北海道を日本海経由で運航された。大阪から各地に寄港して塩、鉄、木綿、筵、味噌、紙、漆器などを積んで北海道へ向かい、北海道からはニシン、昆布、米などを積み各地で売り、またその土地の特産物を買い付け売りさばき大阪に戻った。
 舞鶴では、由良川河口の神崎地区と高野川河口の田辺、志楽川河口の市場の各湊に立ち寄り、油やろうそく、竹などを積み込み、廻船業の商人で賑わった。こうした北前船ゆかりの舞鶴、宮津、京丹後市久美浜、豊岡市竹野の市民グループや観光関係者で、北前船広域ネットワークを結成し、フォーラムを企画した。
 また、神崎の魅力を伝える活動をするSKY舞鶴クラブが昨年、北前船同好会を作り、北田辺の市郷土資料館で学習を続けている。市場湊で廻船業をした村田家で文書調査をしたり、ミニチュアの奉納和船や船絵馬、積み荷や航路などについて学んできた。フォーラムにも中心的なメンバーとして、展示などについて話し合っている。
 同クラブ代表で同好会会員の吉武恭子さんは「先人が命がけでつくってきた海洋文化を、身近なものとして感じてほしい。これからも地域に眠る北前船の資料を掘り起こしたい」と話していた。
 フォーラムは午後1時〜同4時半。オープニングは子供和太鼓教室が演奏し、第1部で現代版北前船プロジェクト代表の明楽みゆきさんが「北前船広域ネットワークの歴史と未来に」をテーマに基調講演をする。
 同2時20分から第2部で府立丹後郷土資料館学芸員の吉野健一さんがミニ講話、続くパネルディスカッションで舞鶴市教育委員会社会教育指導員の小室智子さんはじめ、宮津や久美浜などの観光関係者らがパネラーを務める。定員300人。入場無料。
【問い合わせ】電話62・4387、吉武さん
 また、近くの市郷土資料館(市民会館内)で北前船に関する特別展示もする。


写真=フォーラムの展示について話し合う北前船同好会のメンバーたち


アスレチックコースが完成
青葉山ろく公園 25の遊具

 岡安の青葉山ろく公園内に、全長約600メートル、高低差約40メートルのアスレチックコースが完成した。4月25日にオープンし、25種類の遊具を家族連れらが楽しんでいる。
 同公園内には、1991年から10種類の木の遊具が設置されていたが、湿気で木が割れるなど老朽化が進んでいた。市は子育て環境の充実をはかるため、昨年10月から約6500万円かけて、遊具が設置されている園道の一部を造成し、遊びの広場から1周できるコースに整備した。
 25種類の遊具のうち、コンクリート製の大きなすべり台などの5種類は以前からあったものを補修し、20種類は合成木材を利用して新設した。中に入ったり登ることができる、高さ9メートル、縦8メートル、横4・8メートルの「はじまりの城」や、手足を使って渡る「挑戦のロープ」など、自然を満喫しながら体を使って遊ぶことができる。
 年中無休で、午前9時から午後5時。無料。小学生未満は保護者同伴が必要。


写真=市が整備した高低差40メートルのアスレチックコース


サイトマップお問い合わせメールマガジンお申込み
当サイトに掲載されている情報・画像を、無断で転用・複製することを禁じます。
Copyright © maizurushiminshinbun all rights reserved.