ツノダシは、背びれがツノのように長く伸びた魚だ。黄金色に近い白いボディーに漆黒のラインがくっきり入る。太平洋からインド洋の熱帯・亜熱帯に分布し、沖縄のサンゴ礁で潜水中には普通に見られるが、本州では暖流に乗って流されてきた個体がまれにいる程度であろう。若狭湾で見たのは、筆者は今回が初めてである。
英名はムーリッシュ・アイドルで、これは直訳すると「ムーア人の偶像」という意味になる。英国の探検家が熱帯の海へ調査に行き、この不思議な形の魚を初めて採集したとき、現地の人々の崇拝する偶像に似立てて命名した名前であろうか。ムーア人の方々(といっても、筆者の知っているのはシェークスピアの悲劇「オセロ」の主人公くらいだが)にとっては、少々失礼な呼称である。
写真のツノダシを見つけた日は、カワハギが餌を食べる様子を観察していた。岩の表面をつつくカワハギを脅かさないように追いかけていたら、このツノダシのいる岩のくぼみに行き着いたというわけだ。ツノダシの行動を見ていると、この魚もカワハギと同じように岩の表面を盛んにつついている。ツノダシは、本来の生息域ではサンゴの隙間のカイメンや藻などをかじって食べるそうだ。若狭湾に沖縄のようなサンゴはなくとも、岩の表面に多少なりとも生物は付着しているので、それを食べているのだろう。
長く伸びた背びれは、泳ぐには邪魔になりそうだが、何かの役に立つのだろうか? ツノダシの天敵となるサンゴ礁の捕食者といえば、ハタやカスミアジなどがいて、これらの魚はたいてい餌を丸呑みする。そこで、ハタ目線で考えれば、長いツノの伸びた魚はいかにも喉につかえて呑み込みにくそうだ。でもツノダシの気持ちになると、そんなサンゴ礁のルールが若狭湾で通用するのか、そしてそもそも、これからの寒い時期をどう過ごすのか、などと不安になる。
写真=2010年11月、高浜町浅礁(あさぐり),水深12メートルで見つけた体長9センチのツノダシ。
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