ナガニシは、殻の長さが10センチほどの細長い巻貝である。ニシとは一般に巻貝を指し、田んぼにいればタニシ、長い巻貝なのでナガニシ、という安直な命名である。若狭湾に多くいるのは、ナガニシの類でも小型のコナガニシという種類である、ということを水産実験所の大学院生から教えられた。そういえば、子供の頃に神奈川県の三浦海岸で拾ったナガニシの殻はもっと細長かったように思う。殻の下側に長く伸びた管の形が、コナガニシでは少しいびつであるともいう。しかし正直なところ、水中で区別できる自信はないので、以下、ナガニシと呼んでおく。
ナガニシは、砂や泥の海底をはっていることが多く、舞鶴湾で潜水中も、ごく普通に見られる。というか、あまりに普通すぎて気にも留めない生物の1つであった。生きているときはたいてい、オレンジ色のカイメンらしきもので殻が覆われている。カタクチイワシの死骸に覆いかぶさっているのを見たことがあり、おそらく動物の遺骸などを片付ける海の掃除屋さんというところだろう。死んだ貝からはカイメンがはがれ、スリムな殻が現れる。
最近、ナガニシについて気になることがあった。高校時代に愛読した吉田兼好の『徒然草』を読み返していて、この貝に関する記述が出てきたからだ。第34段で、ナガニシのふたの部分は甲香(かひかう)と呼ばれ、お香の材料となることが紹介されている。兼好法師が武蔵の国金沢(現在の横浜市金沢区)に滞在した折、聞き知ったことのようだ。どんな香りがするのか気になったので、ナガニシを拾ってきて、ふたを火であぶってみた。磯の香りを想像していたところ、えも言われぬほのかに甘い香りが立ち、700年の時を一瞬のうちに駆け抜けた気がした。
写真=2011年2月、舞鶴市長浜の水深8メートル付近にいた、多分コナガニシ。殻の長さは8センチ程度。
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