潜り慣れたいつもの潜水コースで、巨大な巻貝がはっているのを見つけた。水中では初めてお目にかかるものの、手に取るまでもなく、アカニシだとわかる。殻の高さを測ったところ、14センチあった。そっと返してみると、ふたを閉じて引っ込んだ殻の内側は果たして、その名の通り見事な紅色である。
以前、縄文時代の貝塚の発掘を手伝ったことがあって、その折、大量の二枚貝に混じって、アカニシの殻もいくつか出土した。殻の底には焼けこげた跡があり、1万年前の我らの祖先がたき火でサザエならぬアカニシのつぼ焼きを作っていた様子を想像し、「これだけ大きなつぼ焼きなら、きっと旨くて食い手もあろう」などと思ったものだ。
貝の研究でも有名な青葉山レンジャー隊長の荒木さんに、そんなアカニシにまつわる思い出を語ったところ、この貝の殻は貝輪などの装飾品としても縄文人に用いられていたことを教えてくださった。厚い殻は加工のしがいもありそうだ。
アカニシの主な餌は、二枚貝である。そのまま食べてもおいしい二枚貝をたっぷりためこんだアカニシは、きっと旨いに違いないと思うのだが、未だ食卓でお目にかかる機会はない。
ところで、志賀直哉の作品に『赤西蠣太(あかにしかきた)』なる短編小説がある。登場人物はいずれも海産物の名前というこの軽妙な時代小説を、他の作品とともに最近読み返して思うに、作者は相当の魚介類好きと推察される。ヒロインの「小江(さざえ)」に恋する、無骨ながらも内なる魅力を秘めた主人公に冠した名前がアカニシであることから、文豪も好んだであろうこの貝、その味についても語れるようになりたいものだ。
写真=2011年8月から9月にかけて、舞鶴市長浜の水深7メートル付近で見られたアカニシ。上に乗る小魚は、アカオビシマハゼ。
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