彼岸前のよく晴れた日、実験所の佐藤船長に船を出して貰い、舞鶴湾の入口に近い所で潜ってみた。普段よく潜る中舞鶴の長浜はちょっと潜れば泥場だが、金ヶ岬まで来ると潮の流れが速いためか、粒の粗い砂地が広がる。春の陽射しでプランクトンが大増殖し、海はホウレンソウのスープのごとき色をしている。透明度は1メートルに満たず、風が強く、うねりも少々。そんな海で、見慣れない魚に遭遇した。
セトウシノシタは、図鑑によれば通常は水深100メートルの深場に棲むらしい。カレイやヒラメの類は、水温の下がる冬期にはしばしば浅場に現れて産卵する。写真の魚もそうした深い海からの偶来者だろう。我が水産実験所の大学院生である中丸君の論文によれば、若狭湾で集めたカレイ類の仔魚1321尾のうち、セトウシノシタは一尾だけだ。まあ、珍しい種類といえよう。
本種と近縁のシタビラメの類には、あっさりとしたうまい魚が多い。若狭名物ササガレイの干物は言うに及ばず、舌ビラメのムニエルといえばフランス料理の王道だ。そんな国内外の一流の親戚からは大きくはずれ、見るからに毒々しいこの魚は、積極的に「俺はまずいぞ」と主張しているかに思える。
筆者がこの魚を悪し様に言うのには、極めて個人的な理由がある。この写真を撮影したその日、新規購入したN社製のカメラと、3年前から愛用しているC社製カメラの2台を持って海に入った。ご覧の写真は、C社のカメラで撮影した写真。新しいカメラで撮った画像は、まだ海の底で眠っているはずだ。新品のカメラをなくしてしまった痛手は大きいが、そんなときはいつも「なくしたのが命でなくて良かった」とプラスに考えるようにしている。
さて、来る4月20日午後1時半より、舞鶴市中央公民館にて、筆者の講演会が催される。題して「舞鶴湾水中散歩」。紙面で伝えきれなかった海に対する熱い想いを、しばし共有して頂く機会になれば幸いである。
写真=体長15センチのセトウシノシタ。撮影地は東神崎沖、水深9メートル
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