マガキガイは漢字では籬貝あるいは間垣貝と書く。民家で隣りの庭との仕切りに用いる竹の間垣に似た模様が殻にあることから、この名がついたのだろう。もっとも,生時は殻の表面は薄皮に覆われるため、模様は判然としない。
高知へ行くと、本種を煮付けたものがチャンバラガイとして供される。この貝には刀のようなふたがあって、生きているときはそれを殻から出してチャンバラをするのだと、居酒屋の大将に教わった。南国土佐らしい、威勢の良い呼称である。
図鑑によれば本種は、房総半島以南に分布し、サンゴ礁の浅い潮だまりなどに多い。こうした南方系の生物は、若狭湾には普通は生息しないが、高浜原電の温排水の影響を受けて水温の高い音海では、年間を通して見られる。といったことを、本コーナーで何度か書いてきた。今回はしかし、少し事情が異なる。この冬、原子炉の停止に伴い温排水の供給が止まったため、音海にいた南方系の生物たちは軒並み衰弱している。その一例が、このマガキガイである。ご覧の2個体も、チャンバラをする元気はなく、岩の間に吹き寄せられたようだ。中には、カニか何かにちぎられた個体もいる。
筆者は音海において、過去9年間は毎冬潜水調査をしており、これまで南方系の魚を見ない年はなかった。それが、この2月下旬以降、様子が激変している。熱帯の毒ウニであるガンガゼは、落ち武者のごとく棘が抜け落ちて死滅し、トラフナマコも目立って衰弱している。ギンイソイワシの死骸が海底に横たわる。ソラスズメダイの姿は影もない。南の海から来て住み着いた生き物たちにはすまないが、音海の海も本来の若狭湾の生態系へと戻るのが良いことのように思われる。
写真=殻の高さ5センチほどのマガキガイ。2012年3月、高浜町音海の水深2メートルにて撮影。
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