ゲンロクダイは、チョウチョウウオ科の魚である。そもそもチョウチョウウオは、色鮮やかなサンゴ礁を蝶のように舞うことからその名がある。むろん、舞鶴湾にサンゴ礁などない。ゲンロクダイは、この科の魚ではもっとも北に分布し、本州南部では普通に見られるものの、日本海での記録上の北限は、最新の図鑑でも兵庫県とある。したがって、筆者が今回舞鶴湾で出会った個体は、本種の北限記録を更新したことになろう。
このゲンロクダイ(仮にゲンちゃんと呼ぼう)と初めて出会ったのは今年の9月20日で、以後は潜水のたびに確認されている。今のところ、20メートル四方ほどの範囲にとどまっているようだ。
ところで、昆虫の蝶にはしばしば、蛇や哺乳動物の目玉を擬した模様があり、これで捕食者の鳥をまどわし、その隙に逃げるという。これを擬態と呼ぶ。海の蝶たるゲンロクダイにも目玉模様がある。特にゲンちゃんくらいの幼魚のうちは、背びれの前端と後端に目玉模様があるため、横から見た姿は、大きな魚の顔を正面から見たかのようだ。成長すると、背びれ前端の模様は薄くなり、後端の模様のみが目立つ。一般に魚にとって、眼は急所となる。このため、捕食者の狙いを急所である本物の眼からそらすべく、体の後方に目玉模様を持つ魚は多い。
さて、ゲンちゃんを一番最近に見た11月16日の水温は18℃。その後も寒い日が続いており、水温12℃にもなると、南方系の魚はまったく動けなくなる。目玉模様による威嚇も、冬にこの地にやって来る巨大なミズダコには通用しないだろう。南の海から訪れた珍客の行く末を思うと少し切ないが、しばしの間、ゲンちゃんとの逢瀬を楽しみたい。
写真=2012年10月25日 舞鶴市長浜の水深9メートル、塩ビパイプ製魚礁に居着いたゲンロクダイ。体長6センチほど。
|