若狭湾の水深1〜5メートルほどの岩場には、タンポポやネムの花のごとく開く生物が、そこここに見られる。これらは植物ではなく動物で、その名も、ケヤリムシ。名前の由来は、大名行列の先頭者が手に持つ毛槍に似ているからとのこと。もう少しロマンティックな名前を考えてあげればよかったのに、と思わなくもない。
ケヤリムシは分類学上、釣り餌に使うゴカイの仲間で、本体は管を作って奥に隠れ、頭の先端にだけ見事な触手状のえらを発達させる。これを用いて呼吸するとともに、餌であるプランクトンを捕えて食べる。ゴカイの仲間だけに、ケヤリムシを餌として狙う魚も多いと見えて、先端のちぎれた個体をしばしば見かける。水の動きやカメラのストロボ光に素早く反応してふさふさを引っ込め、あとには人の指ほどの管状の隠れ家だけが残る。左の写真は冬の昼間、右は初夏の夕暮れに撮影したもので、後者の下方には、小さなカニが写っている。ケヤリムシが警戒するのは大型の魚類で、小動物のことはあまり気にしないのだろう。
ケヤリムシには色彩の変異が多く、舞鶴湾内の磯でも、薄紫、橙、黄色などさまざまだ。どうしてそんなカラーバリエーションが必要なのか、と考えると不思議である。
『いろいろへんないろのはじまり』という絵本によれば、むかし世界はすべて灰色だったそうだ。魔法使いが「色」というものを発明し、という楽しくも意味深長な物語で、一読を勧めたい。
海の中も、人の世も、色々いるからこそ、おもしろい。同じ種類の動物でも、異なる色のものがいたほうが都合の良いこともあるのだろう。その真意は十分に計り知れずとも、多様な生物を創出した造物主の魔法に感嘆するばかりだ。
写真=黄色(左写真)および紫色(右写真)のケヤリムシ。それぞれ2005年1月6日および2013年5月25日、いずれも舞鶴市長浜の水深3メートル付近で撮影。
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