鍋のおいしい季節となった。子供の頃、我が家で鍋といえば鶏の水炊きだったが、大人になってから、カニ鍋やブリしゃぶといった高級鍋の存在も知った。数ある鍋料理中、格別においしいと思われるのは、クエ鍋である。もっとも、筆者はクエ鍋を食べたことはないが、クエの刺身を三切ればかり食べた経験から断言すれば、相当に美味な鍋に違いない。
クエは成長すると1メートルを軽く越え、荒磯の王者の風格がある。水族館で見るクエは腹ばいで、ホンソメワケベラに口の中を掃除してもらっている、ぐうたらな魚の印象がある。でも伊豆で出会った1メートル級のクエは海底を離れて悠々と泳いでおり、意外にスリムだった。本来は南日本の魚であり、紀伊半島のクエ鍋が有名だ。
若狭湾ではこれまで、原発温排水のあった音海でのみ、30センチから40センチほどのクエを何度か見たことがある。近隣の定置網では、以前は稀だったが最近ちょくちょく獲れるようになった、とは西舞鶴の魚屋さんの談。ただし稚魚との遭遇は相当に珍しい。写真のクエを潜水中に見つけたとき、一緒に潜っていたガイドさんが「何だろう?」という顔をするので、水中ノートに大きく「クエ」と書いたくらいだ。
日本海の南の入口にあたる対馬で潜ったときは、大型のクエがぞろぞろいるのに感心した。彼らが卵を産めば、対馬暖流に乗って若狭湾へたどり着く稚魚がいて不思議はないし、今後、温暖化に伴いこれらが定着し成長する可能性もある。
縄文時代には、今よりはるかに温暖な時期があったらしく、その頃、若狭湾にもクエは普通にいただろう。世界で最古の土器は日本の縄文遺跡から出土しており、1万6500年前のものと推定されている。必然的に、世界で最初の鍋料理は日本で作られた可能性が高い。時代は変わり、気候が変わっても、よりどころとする文化があれば、生き延びられる気がする。そんなわけで、今宵も鍋をつついてみたい。
写真=2013年9月13日、冠島北の中津神、水深7メートルで見つけたクエの稚魚、体長6センチほど。
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