幾日もみぞれが降り続いた後の、一瞬の晴れ間を突いて海に潜る。表面水温は5度、海底水温は8・5度。当地で12年以上も潜水調査をしてきて、これまで真冬でも海底水温が10度を切ることはなかったのに、今年はどうしたことか。
そんな冷たい冬の海の底で、見慣れない魚に遭遇した。さっそく同僚の甲斐さんに写真を見てもらったところ、「鰓蓋の下の方に暗色班があるので、イソカサゴかと思います」との返信。なるほど、そう言われてみればイソカサゴである。実は若狭湾での潜水中にイソカサゴは何度も見ているが、いずれも夏のことだ。
イソカサゴはそもそも南方系の魚だ。1970年代に当地で調査した魚類のリストにこの魚は含まれておらず、比較的最近になって若狭湾に現れた魚のようである。
夏に見たイソカサゴはずんぐりと太っていて、深紅色の鮮やかな魚だった。ところが今回見つけたイソカサゴは、随分と血色が悪くやせ衰えている。さながら、イソップ物語の『アリとキリギリス』に出て来る、真冬のキリギリスのようだ。もちろん、イソカサゴが夏場に遊びほうけていた、と責める意図はない。
南方系の魚であるイソカサゴが2月にいることと、記録的に冷たい海底水温とは、矛盾するように思えるが、次のように考えることができる。そもそも日本海全体としては、やはり温暖化が進んでおり、イソカサゴに代表される南方系の魚は、若狭湾に定着しやすくなっているのだろう。ところが日本海の水温が上がれば、冬場の西風とあわさって雪雲が発生しやすくなる。そのために雪やみぞれの降る量も増え、筆者の潜る若狭湾の比較的浅い所では水温が低くなる。「南の海からやってきたけど、やっぱり寒いぞ若狭湾」というイソカサゴの気持ちを、この魚の黒い瞳から読み取って頂きたい。
写真=2014年2月13日、舞鶴市長浜の水深9メートルで見つけた体長10センチのイソカサゴ。ちなみに、背びれの棘には毒があるので調理する際には注意が必要。
|