オキマツゲを図鑑で調べると、島根県隠岐に分布すると書かれている。本種を含むコケギンポ科の魚には穴の中に身を隠す習性があり、頭部に皮弁(ひべん)と呼ばれる突起を持つ。本種の場合、眼の上と鼻孔の脇に短い皮弁がある。鼻の皮弁の方が目立つにも関わらず、本種の和名を「オキハナゲ」でなく「オキマツゲ」とした命名者の品性に拍手を送りたい。
2年前に冠島のオオグリで潜水した際、ガイドの圭介さんに「この魚、何やろう」と相談されたが筆者にはわからず、同僚の甲斐さんの紹介で、この類の専門家である宮崎大学の村瀬敦宣さんに写真を見てもらった。村瀬さんこそ、2010年にオキマツゲを新種として記載した方で、同氏によれば、冠島の個体は隠岐諸島以外での本種の初記録となるそうだ。この夏の潜水中には、オオグリで少なくとも雄4個体と雌2個体が10メートル以内の範囲に生息しており、中津神にも雄1個体がいるのを確認した。
ところで、この魚の眼と鼻の皮弁は何のためにあるのだろうか。ヒトの睫毛や鼻毛は、どちらも砂やほこりが入らないように進化したものであろう。ところが現代社会では、本来の機能にはほとんど注意が払われず、睫毛は長く、鼻毛は目立たないのが良いとされる。
本種の場合も、皮弁にはもともと、眼や鼻を守る機能があっただろう。また、穴に隠れた際、コケのような海藻にまぎれるためだったかもしれない。さらには、餌となる小動物をこれでおびき寄せていた可能性もある。これら本来の機能は次第に薄れ、ほどよい長さの皮弁が異性の個体を惹きつけることで、この形が進化したのではないか。ある意味、ヒトの睫毛と鼻毛に似ている。
それにしてもこの魚。もし冠島で見つけた個体に命名する機会があれば「カンムリハナゲ」にしてやったのに、と思うのは、睫毛よりも鼻毛の気になる筆者である。
写真=オキマツゲの雄(左)と雌(右)。いずれも2015年8月5日、舞鶴市冠島オオグリの水深8メートル付近で撮影。体長は5センチほどと見られる。
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