秋晴れの続いた週末、丹後の海で潜った。この時期にしては濁りがきつく、コンパスを見ながら慎重に泳ぎ進む。前方にオーバーハングした絶壁が目に入る。丹後の海では、陸上のダイナミックな景観そのままに、海の中でもこうした地形が多い。壁沿いを泳ごうと近づいてみて、我が目を疑った。壁と見たものは壁ではなく、カタクチイワシの大群だった。群れがあまりにも濃密でしかも巨大であるため、砂地から立ちはだかる壁のように見えたのだ。魚群は太陽をも隠し、その下に入ると昼なお暗い。大挙して動物プランクトンをこしとり、そして大量のフンを出すため、水も濁っていたのだろう。群れの外側ではブリやサワラが徘徊しており、群れからはぐれた魚を狙っている。なかなか群れの中へ突っ込んでは行けないようだ。
大学院時代から群れ行動の研究をしていて、正直疑問に思っていたことがある。小さな魚がいくら集まったところで、大きな魚を威圧できるのだろうか、ということだ。しかし群れがこれほどまでに巨大であると、確かに本能的に畏怖を覚える。
カタクチイワシは、近年幻の魚となりつつあるマイワシとは別の種類で、体は細長く、口が情なく垂れ下がっているのが特徴だ。舞鶴ではタレクチと称され、煮干し(じゃこ)の材料として大量に流通する。そのままかじってもよし、みそ汁のだしによしだが、個人的にはお好み焼きの生地に濃い目のじゃこだしというのは譲れないポイントだ。さらに、本紙で「パリスケッチ」を連載した中村禮子さんが作ってくれたカタクチイワシのマリネは絶品だった。
口をあんぐりあけて大海をさまよいながら成長し、そして他の魚たちの餌になる。確かに弱々しい魚ではあるが、海の生態系でも食卓においても、縁の下の力持ちとして欠かせない存在だ。そんな魚の大群に出遭い、そして鮮魚をありがたく頂く日々には、自然の環の中に我が身を置く悦びがある。
写真= 伊根町泊港沖の水深10メートルで撮影されたカタクチイワシの大群の一部
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