サザエの殻から顔をのぞかせるニジギンポのうつろな表情を見て、読者の皆さんはどんな物語を心に描くだろうか。「サザエ食って、満腹」と見る方も、「サザンの曲そのままに、夏の思い出にひたる」と読まれる方も、いずれも良い夏を過ごされたのだと思う。一方、この夏も魚とともに過ごした魚類心理学者の目には、サザエの殻の内側に、小さな卵のようなものがつぶつぶと並んでいるのが見えたりもする。この魚、実は卵を保護しているところなのだ。ではこの魚、ニジギンポのお母さんなのかというと、そうではなく、卵の父親とみてほぼ間違いない。
マグロやタイのように外洋に面したところで大量の卵を産む魚では、産みっぱなしで誰も世話はせず、生まれてくる子供たちの生き残りはひたすら運だのみだ。それに対して海底近くにいるアイナメやギンポなどの魚ではしばしば、生まれてくるまで親が卵を保護する.そして保護するのはたいてい雄親だ。ちなみに「ニモ」でブレイクしたクマノミの仲間でも、通常雄が卵の保護にたずさわる。
実は筆者自身、この光景に出くわした直後、卵を保護しているとは気づかなかった。ただ,撮影のためにどんどん近づいていくと、ニジギンポが殻からぴゅんと飛び出して、こちらを威嚇するような仕草を見せ、また殻に戻るのを見て初めて、卵を保護しているのに気づいた。自分の何百倍もの大きさの侵入者にも果敢に向かっていく、ニジギンポのお父さん。親の愛って、すごいな、と思うのであった。
写真=体長6センチのニジギンポ=三方町常神(三方五湖の北側、常神半島の先端)で撮影
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