子供の頃に愛読したジュール・ベルヌの名作「海底2万マイル」の中には、潜水艦ノーチラス号のディナーのデザートメニューとして、イソギンチャクの砂糖漬けというのが出てくる.生き物に対するのに劣らないほど甘いものに強い執着を示していた少年期,この「イソギンチャクの砂糖漬け」にはたいそう心くすぐられるものがあった。
イソギンチャクは、クラゲと同じ刺胞動物というグループに属する。かつては腔腸動物と呼ばれた分類群だ。クラゲをひっくり返して海底に据えたのが、イソギンチャクだと思えばよい。クラゲの類も、ポリプ期といって、海底に固着している時期があり、その時期はイソギンチャクにそっくりだ。大発生して漁師さんや海水浴客に迷惑をかけるクラゲとは異なり、イソギンチャクはおとなしい。流れてくる動物プランクトンや生物の死骸などを触手でとらえて餌にする。英語では、sea anemone、すなわち海の中に咲くアネモネになぞらえられている。真冬の海に潜ると、魚はあまりおらず、寒いし、波も荒い。そんな中で、波やうねりに耐えて踏ん張りながら美しく開くイソギンチャクには、艶容な魅力を感じる。
九州の有明地方では、イソギンチャクを食べる習慣があるそうだ。有明海をフィールドにしている京大の学生たちに尋ねたところ、当地の居酒屋の珍味メニューとしては欠かせないものらしく、味噌で甘辛く炊いたものは、味も悪くないという。有明地方ではイソギンチャクは「ワケノシンノス」の名称で通っている。ずばり、「若者の尻の穴」の意。なんとも、少年期の夢を壊すネーミングではないか。
写真=ミドリイソギンチャク(舞鶴市瀬崎、水深6メートル)
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