ボラは世界各地の沿岸で普通に見られる魚である。海底の砂や泥をさらいながら、藻類や小動物を食べている。岸近くでシュノーケリングしていて、40センチを越すボラの大群にでくわすと壮観である。ボラは舞鶴湾内でもよく見られ、水面を勢いよく跳ねているのは、たいていこの魚だ。幼魚はしばしば川の中にも入ってくる。
ボラに対する人気は地域によってずいぶん異なる。筆者の前任地のハワイでは、ボラは最も好んで食べられる魚の一つであり、人工ふ化した稚魚を放流する事業も行われていた。実際、ハワイで調査中に獲れたボラを食べてみると、クセがなく、しっとりした白身だったと記憶している。
運が良いと九州土産に頂いたりするカラスミは、ボラの卵巣を塩漬けし乾燥したもので、わが国では三大珍味の一つとされてきた。しかしボラの身の方は、一般にはあまり食用とされない。泥をさらう食性から、泥の匂いがつきやすく、敬遠される、ということらしい。
ボラはブリと同じく出世魚である。地方にもよるが、オボコ→イナ→ボラ→トドと成長につれて変化するのが一般的だ。うぶな若者を表す「おぼこい」は、ボラの子供みたい、という意味から来る。また、若いボラ、すなわちイナの背びれに似た髪型が江戸時代に流行した名残が、粋を表す「いなせ」という言葉だそうだ。もっとも、サザンオールスターズの名曲「いなせなロコモーション」以外で、「いなせ」という言葉もあまり聞かないが。成長したボラは「トド」と称され、「とどのつまり」という慣用表現の由来となっている。かつては江戸前で獲れたボラが好んで食べられたからこそ、成長段階に応じた名前が付けられていたのだろう。沿岸の海が汚れて、ボラを食べる習慣がなくなると、出世魚であることも忘れられてしまう。環境を守ることは,魚を守ると同時に、言葉という文化を守ることでもあろう、というのがとどのつまりの結論である。
写真=体長45センチのボラの大群。伊根の水深3メートルにて。2003年8月撮影
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