葉を落としたホンダワラの枝につかまっているのは、タツノオトシゴ。その下にはシロボヤがぶらさがっている。日本の晩秋の原風景のような構図に、海の中で出遭ってうれしくなった。1年を通して海に潜っていると,文字通り季節の移ろいを肌で感じることができる。
以前,小学生向けに水槽の展示をした折、ダントツで人気があったのがこのタツノオトシゴだ。原則として「食える魚」を研究の対象にしている筆者ではあるが、小学生諸君にウマヅラハギの肝の旨さを力説したところで限界がある。少子化が進む昨今、ちびっ子の人気も大切なので、実験所にてこの魚も飼育してみた。餌は、動物プランクトンのアルテミアを孵化させて与えている。スポイトのような口でスポスポと餌を吸い取る様子はなかなかに愛嬌がある。
タツノオトシゴは、これでも魚の1種だ。形も奇妙なら生態も奮っていて、この魚、メスがオスの体内に卵を産みつけ、オスは自分の腹の中で愛の結晶を育てるという。交尾の数日後には、ちゃんとJの字形をした稚魚がオスの体から次々と産まれてくる。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画で、男が妊娠してしまう話があったが、魚の社会はある意味、人間より進んでいる。
この特異な生態のためか、タツノオトシゴはしばしば安産のお守りとして使われる。また中国では,漢方薬の材料とされているそうだ。なかなかにあなどれない。それにしても、こんなにおかしくも可愛い魚がいる海のすぐそばで暮らしてゆける我々舞鶴市民は、実に幸運だ。自分も子供は舞鶴で育ててみたいものだ、とこの奇妙な魚を眺めながら想うのであった。
写真=ホンダワラの枝につかまるタツノオトシゴ。体長6センチ。撮影地は長浜、水深1メートル
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